二百五十話 愛の為に
"世界樹"なるものの復活を頼まれた。
そうすると、あれよあれよとエルフの集落に連れて行かれた。正確には、話し合いが終わったから、またこの場所に戻って来たと言うのが正しいのかも。
みんなの視線は一点に集まっていて、そこには私と植木鉢が置いてある。
その植木鉢には小さな芽が生えていて、樹と呼ぶには随分と可愛らしい見た目のものだ。
それを復活。もとい、成長させるのには大量の魔力が必要らしい。
ただ魔力を込めるだけで良いんだよね?
それなら簡単過ぎだと思うけど。私にしか出来ないとか言われたから引き受けたけど。
「それじゃあ、お願いするよ」
妖精王様は私を信じてくれているのかな。
他のエルフの人達は信用してくれてないらしいから。コソコソと私の事を噂してる。
「本当に信用できるのか?」
「怪しい。いくら妖精王様の言葉とは言えなあ」
「得体の知れない小娘に何が出来るやら」
無視をする。
嫌な言葉はよく聞こえてしまう。
でも、そんな事はどうでも良いんだ。集中しないといけないから。頼まれたお願いを何としても果たさなくては。そうしないと私の望んだ物は手に入らないから。
一つ呼吸を吐き出して自分自身の魔力を確かめる。今更操作が出来ないなんて有り得ない事だけれど、それでも全神経を尖らせる様に感覚を研ぎ澄ませる。
穏やかに、そしてゆっくりと。ただ、優しく丁寧に世界樹へと魔力を流し込んだ。
世界樹は私の魔力を受け入れて喜んでいる様に見えた。それでもまだまだ足りない。とても弱っていて、もっともっと分け与えてあげないといけない。
そんな事を考え、いつしか私の魔力がすっからかんになっていた。
気付いたのは魔力切れになった瞬間。それと同時に目の前が真っ暗になった。
「イヴ!?」
少女が倒れてしまったのを目の当たりにした乙女が叫び、急いで駆け寄る。
無理をして倒れ、寝息を立てる少女。
ただ眠っているだけだと知り、乙女は安堵の息を吐いた。
やや心配する様な光が瞳に映った。続け様に悲しみへと移ろい、諦めた様な苦笑いへと。
「何で黙って無理するかなあ。もう」
お説教と言わんばかりのほっぺを弄る乙女。
為されるがままにそれを許す少女は、抵抗するどころか寧ろ笑っていた。乙女に抱き上げられているのが心地良いのかもしれない。
そんな少女を見てしまったので、乙女の中にあったその小さな怒りは、一瞬にして何処かへと消え去ってしまう。
「あーもう。可愛い。世界一」
「すまないな。無理させちゃったみたいだね」
妖精王と呼ばれた青髪の人は申し訳なさそうにそう言った。
「まあ、イヴが引き受けた事だし」
結局。止める事なんて出来ないんだ。
何としても成功させないといけないんだから。約束したんだもの。
とは思うけれど、それはそれ。イヴに無理をさせた事はちょっぴりとだけ腹が立つ。
だから、つい、棘が出る。
「約束は守ってもらうよ。イヴは結果を出したんだし、いくらエルフだからって出来ないなんて言わないよね?」
「当然だね。だから許して欲しい。非礼も詫びるよ。本当にありがとう」
青い髪のエルフ代表が真っ先に頭を下げた。
そうすれば、疎らながらも全員が、私達に頭を下げる。特に丁寧に頭を下げていたイヴの友達。心がこもっているのはよく分かった。
でもね、謝罪なんて要らないんだ。お礼だって。
ただ、欲しいのは結果。さっきまで信じてなかったくせに。今更都合が良すぎだ。
誰だよ、使えそうとか考えてる奴。一発殴ってやりたい。
張り詰めた空間。
不穏な空気。
そんな中に気を失っていた少女が目を覚ました。
「あれ?私?」
「!?‥‥‥起きたの?」
「あ、気を失ってたんだね。張り切り過ぎちゃった。えへへ」
少女が笑いかけた事で、凍りついた空気は砕けて溶ける。
「そうだね。よく頑張ったね」
「フユ。ありがとう。いつもその、えっと、大好きだよ」
「‥‥‥」
その何気ない一言が、乙女の思考を緊急停止させた。
「あれ?フユ?」
「で、でも。感謝される為にやったわけじゃないし」
素直になれない。
勿論言葉は嘘だ。嬉しい。死んでも良いくらい。
もう既に死んでるけど。
「でも、私は感謝してる。それに、改めて考えたら、助けて貰ってばっかりなのにお礼が全然言えてなかったから」
「べ、別に」
気付いたらそっぽを向いてた。
照れくさいから。眩し過ぎて見てられない。
乙女が視線を外した先には一本の木が立っていた。そこは、先程世界樹の植木鉢が置いてあった場所のはず。青々とした葉を纏い、しかし他の木とは全く違う特徴もある。周囲はキラキラと輝き、魔力の粒子みたいな物が舞っている。
一目で納得出来た。これは特別な樹なのだと。
「いや、早過ぎでしょ。いくらなんでもねえ?」
「おぉー、すごい」
若干引き気味の乙女。
世界樹と同じくらい瞳を輝かせる少女。
そんな二人の元にふわふわと妖精が近寄って来た。
その背中には、妖精と同じ位のサイズの何かを抱えている。
「妖精の雫です。とても貴重な物ですが、是非貰ってください。私達からの心ばかりのお礼です!」
少女の手に乗るほどの大きさの、小袋に入った液体らしき物。
少女はそれを少しだけ遠慮した様な素振りを見せたが、丁寧に受け取る。
「どうか、また来て欲しい。いつでも君達なら歓迎だ。そうだね?ミュエラ」
「は、はい!お‥‥‥妖精王様!」
また来ても良いって言われた。
それなら竜聖国に戻ったら報告しないと。エルフは皆んな良い人だったって。
「そんじゃあ、帰る?イヴ」
「うん。フユ。お願いね」
私達は無事に視察を終え、当初の予定外ではあったけど欲しい物も手に入れた。あとは帰るだけだ。
大切なモノを手に入れる為に。