二百四十六話 恩を売るという事
私は借りていたナイフをミュエラに返却した。
確か、大切な物だった筈。なのに、ずっと借りたままだった。今更ではあるけど罪悪感が湧いて来た。
フユに連れ戻されたから返す間が無かったとも言えるけど、それはあくまで私側の言い訳だ。
うーん。
驚いた表情から怒ってはいない気がする。
まるで、私みたいに「忘れてた」みたいな。
お母さんから貰った大事なナイフって言ってたような気もするけど。
「忘れてました。そう言えば無いなーとは思っていたのです」
ハイ。忘れてたみたいです。
だからと言って私が忘れていて良い理由にはならないんだけどね。
「では、ナイフを貸していたのを理由に、ここはひとつ」
ミュエラが上目遣いで、私に何かを言い切ろうとしたその時。後ろから「ダンッ」と音がした。多分フユが躓いたとかかな?
床に響く様な振動が私の足に届いたから、フユが音を立てたのは間違いない。
「と言うのは、その、冗談です」
フユの足音に驚いてしまったのだろうミュエラが、段々と消え入りそうな声になりながら喋っている。
私は少し気になって背後を振り向けば、満面の笑顔のフユがいた。元々美人なのだから、その表情は見る者を魅了する笑顔だった。
ついでに言えば「何か?」と書いてあった。
何も無かったみたいだ。大きな音だったから不安になったけど要らない心配だったかな。
なので私は元の方に振り返った。
「ち、力を貸して欲しいんです」
とても遠慮がちに、私を見たり、私の背後にいるフユを見たり。見比べてるみたいだね。
そんな様子で助けを求めて来た。
助けを拒むつもりは無い。程度にはよるけれど、一度受けると言ったのだから、改まって頼まれなくても承諾するつもりだ。
程度とは言ったが、私に出来ない事は助力しようが無いのだから、一応保険を掛けておく。言い逃れできる様に。
もし、私で判断出来ないなら王様に助けて貰うことになるのかな。
私は自分の考えに頷きながらミュエラに語りかけた。
「では、お話し下さい。私に出来る限りで応えたいと思います」
「あ、はい」
相変わらず私達を見比べながらおずおずと喋り始めたミュエラ。遠慮している。それがチクリと心を刺す。
しかし、今はお仕事をしている最中だから集中して聞かないと。私の感情は後。
極めて冷静になりながら、少女は音を拾う事に集中した。
ミュエラの目的は1つ。里を守る軍事的な同盟だった。
竜聖国北方の国境線付近にエルフの里は位置しており、丁度、獣王連合国の軍事的緩衝地帯と言うべき場所らしい。
どこの国にも属していないので、竜聖国と友好関係を築きたいらしい。
「一つ良い?」
「はい。何かし、でしょうか?」
「単なる疑問なんだけど、どうして竜聖国を?それこそ、獣王連合国でも駄目だったの?」
正直な話。
友好関係を築くなら私達である必要は無い筈だ。勿論選んでくれたのは嬉しい事だけど。
「黒龍様は軍事に秀でていると聞いたので。単体でありながら街一つを滅ぼしたのは有名なので」
「え!?そ、そうなの??」
驚きながら私がフユを見つめたら、視線を少し動かしてから答えてくれた。
「多分」
「そ、そうなんだ。凄いんだね」
「なので」
「強い方に付きたいて事だよ。イヴ」
「成る程」
何となく理解出来た。
でも、アイちゃんが言ってた事が本当ならお父さんはもう居ない。だから期待されてガッカリされないだろうか?
流石に街一つを滅ぼすのは私には無理だよ。
「それに、どこの国も奴隷制があります。竜聖国を除いてになりますが」
確か、竜聖国では黒龍を第一として、王家や貴族がそれに連なっていて、国民は皆平等である。とかなんとかだっけ。確かね。
おっと話の途中だった。聞かないと。
「軍事力も領地も少ない私達は外交の席に着く事すら叶わないのです」
無念を絞り出すミュエラ。
その言葉を聞いたら私の中にあった天秤が大きく傾いた。‥‥‥元々傾いてたけど。まあ、更にって事だよ。
「色んな国に行きました。時に母の名を借りたり、私達の命を交渉の材料にもしました。此処が、最後なのです」
「‥‥‥」
「里を取り囲む森の外、直ぐ近くに人間の村が出来ました。また森を棄てるのは耐え難いのです」
「また?」
思わず気になって訊ねていた。
「そうです。私が幼い頃、人間達に里を襲われました。森を追われたエルフ族が、逃げ延びた場所が今の里なのです」
「里のみんなは否定的なのに、勝手に同盟を結んで大丈夫なの?私達が助けるとか、それ以前の問題があるけど」
「白龍様。それしか無いのです。もう他にあるのは森を捨てる事だけなのですから」
シンと静まり返った部屋。
並々ならぬ覚悟を持ってここに来たミュエラ。
正直な所、私の心は動かされていた。
しかし、フユは溜息を吐いた。
「イヴ」
言わんとしている事は理解してる。
どうするのかと聞いているのだ。
助けたいというのは本当だ。しかし、それには責任が伴うし、国際的な問題も懸念しなければならない。それを含めて訊ねているという事なのだ。
理解している。
厳しい表情をしているフユに対して私は睨みつける。
文句を言わせないと感情を込めて答えた。
「助ける。何があろうと」
「そう。なら報告しないとね。王様に二人で出かけるって」
「え?それって?」
「私もついてく。姉として見守ってあげないとね?」
朗らかに笑ってウインクをするフユ。
気付けば私はフユに飛び付いていた。
否定されるかと思っていた。けど、フユは私の我儘だって聞いてくれる。優しい姉だと再認識したのだった。
様々な思惑があって、自分だけの都合だけでは成り立たない事の方が多い様な気がします。
トカゲの投稿が遅くなったのもそう言った感じの理由という事で、その、ひとつ。ご容赦を。