二百三十九話 見ると見られる
竜聖国王女殿下の誕生日パーティー当日。
私は逸る心を落ち着けながら、オルトワさんに着付けをやって貰っている。
所々に刺繍の模様が飾られている黒色のドレスを身に纏いながら、退屈な時間を会話に割いている所だ。
「やはりお嬢様は何でも似合いますね」
「そう?嬉しい」
素直に褒められて照れてしまう。
オルトワさんは背後にいるから表情は見られてないだろうけど、改まって褒められると恥ずかしい。
そんな事を考えていると、もう一人、私の着替えを見ている人。いや、龍が居た。
「いやー、表情崩さずに照れるのは相変わらずだね。氷状の表情ってね」
「え?何?」
「ごめん。なんでもないです。忘れて」
何かフユが言った気がするけど、よく意味がわかんない。
と、言うか、着替えをしてるんだから見詰められると恥ずかしいんだけど。
私はそんな事を思いながらフユを少し睨むと、フユは受け流す様に私に言い放った。
「いやあ、眼福です」
「はぁ」
私は溜息を吐いた。何か言ってもどうせ無駄だろうから、文句を言っても仕方がない。まあ良いや。それより。一つ思った事がある。
前々から何となく思ってはいた事なんだけれども、どうにもフユは、私が思った事を言わなくても理解してる気がする。
さっきだってそう。
睨んだだけなのに考えが伝わった気がする。
気のせい?
いや、あり得ないけど、あり得なくも無い。
荒唐無稽だって笑うかな?
少し。試してみよっか?
そして私は、フユを見詰めて、一つの言葉を頭の中で考えた。
『フユなんて嫌い』
勿論嘘だけど。
すると、フユは目に見えて動揺した。
肩を震わせながら、フユの綺麗なサファイアの如き瞳の輝きが鈍く瞬いている。
まさか声に出さなくても考えを伝えられるとは思わなかった。
その時に目が合って、フユが私の視線を避けたから確信した。私はこの能力を知らなかったけど、フユは知っていた。そしてそれを隠していた事も。
それなら、どこまで私の事を読み取れるんだろう?
さっきのは強く念じたから伝わったのかもしれない。確かあの時、蜘蛛さんには「念じるだけで意思を伝えられる」と、教えてもらった。
だから、もしかすると、結構強めに念じないといけないかも。今のこの思考も読み取れるのかも判らないし。
試してみよう。先ずは軽めに。
フユの事が大好きだよ。
と、言葉とは裏腹の何気無しの素気無し。
これがもし伝われば、フユの瞳に光が宿る筈。
‥‥‥試したけど変化無し。
となると今度は強度を上げて。
『フユ。好き』
ビクッとしてこちらを見たらまた逸らされた。
成る程。結構気持ちを込めないと駄目なんだ。今のこの思考は向こうには届いてないのも判った。
だって、もし届いてたら、フユの気持ちで遊んでるって思われるだろうから、怒られると思う。
それなのに、遠慮がちに此方に、視線を彷徨わせてる事から、多分間違い無いと思う。
とまあ、色々試したけれど、私とフユが通じ合うのは、そう言った明確な物なんかでは無くて。
こう、なんと言うか。目が合ったら相手の考えが瞬時に理解出来るみたいな。かなり曖昧な物で、念じるとか念じないとか、そんな物は関係無いような気もする。
うーん。わかんないや。
ただまあ。なんだかんだで戦ったりもしたけれど、私が思うに、フユは信じて良い仲間だよね。と、私は思ってる。
信じ切ったら裏切られるかもだけどさ。
長々と、一人しみじみと考えれば、着替えも終わってそのタイミングで、オルトワさんが私を姿見に映してくれた。
そこに立っているのは文字通り黒一色の少女。綺麗なドレスに飾られ、なんとか辛うじてちんちくりんを隠してくれていた。
「うん。まあまあかな」
ドレスが良い物なのでそうとしか言えない。
私自身大した事無いし。似合ってる自信も無いし。だから評価はまあまあだ。
「もう少し時間があればドレスも良い物を用意出来たのですが」
「いやー、似合ってるね。黒色って難しいんだよねえ。私には似合わないだろうし」
口々にお世辞を述べるオルトワさんとフユ。
わかってるよ。お世辞だって。
「はー。満足した」
「満足したって何さ。こっちは恥ずかしかったのに」
私が頬を膨らませながらフユに悪態をつけば、フユはそれをヒラヒラと躱してしまう。
「いやさ。何度見たって飽きないよ」
「むー。私だけ納得いかない」
「ああ、それでしたら‥‥‥」
フユと私の軽めの言い争いを聞いていたオルトワさんが何かを良い含めたので、ふと気になってオルトワさんの言葉に耳を傾ければ、面白い事が発生した。
「フユお嬢様も参加するのですから。流石にその、普段着のまま、と言う訳には行きませんよね」
「あれ?て事は」
「えっ!?ちょ」
「さあ、次はフユお嬢様の番ですよ」
「は!?私はいいよ!」
「いえ。この際ですからまとめてやっておきましょう」
ふふふ。どうやら今までの鬱憤を晴らす時が来た様だ。
散々見られ尽くしたのだ。ちょっとくらい反撃したって良いよね?うん。良いよ。
私は独りで会話を成立させた。
「無理!流石に無理!」
「何ですか!?今まで着替えを任せていたのに今日に限って何故ですか!?」
「イヴが居るから嫌なの!」
二人がわいのわいの言い争ってる。
これも我が家の名物だよね。
うんうん。と頷きながら、私は着替えを見物するのだった。
随分と日にちが空いてしまって申し訳ないです。
少しだけ、今後について考えてました。