二百三十七話 お家の務め
「さて。お仕事だよね」
少女はそう一言自分に告げて執務室内を見渡す。
積み上げられた本の数々や、幾重にも重なることにより、それらの積まれた本にも引けを取らない程の書類の束。
これでも随分と処理をしたのだが、数週分を片付けるには、まだまだ時間を必要とするだろう。
書類の内容を簡単に言えば「家の今後について」だ。
例えば収支の報告書があり、それらを決裁するのが少女の仕事。これ自体は簡単で、チラッと見たらサインをしてお終い。
見ても数字が並んでるだけで、所謂赤にはなってないから問題無し。
とまあ、この様に簡単な(サインをすれば片付く)物が大多数を占めているのだが、中にはそうでは無い物も当然ある。
そもそもの話、サインを書いて行くだけなら参考用の本など必要無いのだ。
問題なのはその本を必要とする書類に当たってしまった時。ちょうど今。
「えっと?なになに?【竜聖国外交方針?】北方、西方、領国に対する意見?」
そ、そんなの問われても。
確か、西方は仲が悪いからこの前侵攻しようとしたんだよね。その時の総司令官を任されたんだったよね。うっ、胃が痛い。
思えば、あの時記憶を失っていたからあの判断だったけど、一戦も交えずに撤退したのはダメだったよね。はあ。
まあ、記憶を失ってたなんて言えないし、それは言い訳だもん。
そうだよ記憶だよ。私は黒龍なんだ。
どうしてこんなにも、私にこれだけの重荷が課せられたのか疑問だったんだ。成る程。今思えば納得できるよ。でも、大した事ないんだよ?私は。フユと比べれば弱いし。私にはどうしたら良いのかわからない。
アイちゃんなら‥‥‥いやいや。頼ってばかりはダメだよね。自分でなんとかしないと。
「取り敢えず西は様子見で。北方は情報収集かな。領国についても。うん。保留。それじゃ次の書類」
次に手に取った物は、書類と言うよりはお手紙と呼ぶのが適した物だった。
「ん?差出人は‥‥‥ラーナちゃん」
少女は少しだけ頬が緩む。
あぁ、オアシスだ。なんだかんだこんな物でも嬉しい。
と思ったんだけど、いつも会っているのに改まってお手紙を出すのには理由がありそう。
そもそも会おうと思えば、お城はすぐ目の前だからね。
て事は、何か嫌な予感かも。まあ取り敢えず開けよう。
少女は、爪を立てて封筒の横から突き刺し口を開けてから、中身を取り出し内容を確認した。
そこには、懇切丁寧な文章が書き連ねてあったが、それも最初の内だけ。段々と言葉が砕けて行って、最後には話し口調の、いつも通りの王女殿下の文だった。
「誕生日パーティー。是非、参加願います。是非に。いやまあ、2回は繰り返さなくても」
勿論参加するけど。明後日か、ん??明後日!?
何も準備してないんだけど。あれ?ヤバくね。誕生日なら、当然プレゼントとかも必要だろうし、そんな物は用意出来てる筈が無い。
ど、どうしよう??
あ、よく見ればフユも呼んで欲しいって書いてある。
そ、それとなく相談してみよう。このままだと、ラーナちゃんが悲しんでしまうのは確定してる。それはマズイ。なんとかしなきゃ。
よし!そうと決まれば他の仕事なんてそっちのけだよ。王女様優先だ。
少女は廊下を駆けて自室へと戻った。
乙女に相談する為に。
どうやら起きていた様だ。
「んで、誕生日ね」
相談に来たは良いのだけれど、フユ。凄い隈。眠れなかったのかな?やっぱり迷惑だったかな。今後は控えよう。
それはさておき、プレゼントだよ。それとなく聞き出しておかないと。
「うん。そう。どうしようと思ってる?」
「んー。そもそも初耳」
「ええ!?」
でもそうか。
あの手紙には私が誘う様になってたから、もし私が気付かなかったら‥‥‥止めよう。気付いたんだからヨシ。
「何にしようかなあ。本のランダム福袋は流石にダメだよねえ」
「福袋?」
「あ、ああ。そう。何が入ってるのかわからない。福が詰まってるから福袋」
「成る程」
福袋か。喜びそうな物を詰めるのは大事だもんね。後は開けてからのお楽しみ。てのは良いかもね。サプライズは嬉しいもんね?
「何を貰ったら嬉しいだろうねー?」
「わからないです」
ラーナちゃんが何を貰ったら喜ぶか。
案外何でも喜んでくれるかもしれない。
「イヴは何が欲しい?」
「私ですか?うーん。わかんないです」
「そっかあ。私はイヴが心を込めてくれてたなら何でも嬉しいかな」
「そ、そうですか?」
「うんうん。だから私も精一杯心を込めた物をあげるね」
「あ、ありがとう」
何故唐突に私達の話になったのだろう?
ラーナちゃんの事を相談しに来たのに。
フユは‥‥‥物思いに耽ってるのかな。
独り言を喋ってる。参考になるかもだから黙って聞いておこう。
「今思えばヘアゴムとか良かったよね。長い黒髪に映える可愛い系のリボンとか?そう考えると、1年目と2年目の落差だよねえ。あー、失敗したなあ」
ふむふむ。ヘアゴム?髪を縛る紐の事かな?
ん?まてよ。それなら髪飾りとか良いかも。
オシャレな物だったら開けた時にも嬉しいと思うし、身に着けたのを褒めてあげれば喜んでくれるかも。何より間に合うかも。
こ、これは。良いアイデアだ!
「ありがとう!フユ」
「んあ!?あ、あーうん。どう致しまして?」
乙女は訳も分からないままお礼を受け取る。
そして少女はそそくさと、考えを実行に移すのだった。
プレゼント。
身だしなみに直結する物は、貰ってしまうと身につけないといけないと言う強迫観念に襲われます。
相手の喜ぶ物をプレゼントしましょうね。