二百三十六話 取り持つ乙女
朝、目が覚めた。
昨日は久しぶりに心地良く眠れた気がする。
そう言えば、フユと一緒に寝たんだっけ。
少女は覚醒した意識に従い、記憶を整理する。
などと大それた物でもなく、単純に昨日を振り返っただけ。
目の前にある白色の塊。背を向けて眠る乙女の姿。まだ眠っているらしい。
少女は念の為、静かにベッドを離れて部屋を出て行く。乙女が起きているかどうかを確認せずに。
「ああ、もう朝か。結局眠れなかった」
ムクリと身体を起こして気怠げに溢す乙女。
目の下にはもの凄いクマが出来ており、瞼は半開き。
間違い無く寝不足だ。
「隣で寝息が掛かるたびに目が冴えるし、大体警戒心が無いし。怒られると思ったのに」
怒られるのを覚悟していた乙女だが、色々と拍子抜けした上に、寧ろ全くの警戒の外からの攻撃により成す術も無くベッドに引きずり込まれてしまった。
実際にベッドに入ったのは乙女の意思なのだが。
「ま、まあ?い、イヴと一緒に寝てあげようと思って待ってただけだし?何なら怒らないって知ってたし?」
自分で自分に言い訳を重ねる乙女。
言葉にする事で、自分が全く反省していない事を理解して少し落ち込んでしまった。
「ああ、そうだ。もう一人様子見とかないとね」
落ち込んだ事で冷静になった乙女は、机の上に置いてある宝玉を手に取る。
それは赤を基調とした丸い物質に、黒の模様が浮かんでおり、時折蠢く不思議な球体。
乙女は意識を集中させて、その球と自身を繋げた。
乙女はどこかの地面に降り立ち周囲を観察した。
すると、どこからとも無く声が聞こえる。
耳をすませば聴こえるような小さな声で、何故それを声だと理解していたかと言えば、嗚咽の様な音だったから。乙女は瞬時に理解していた。
「う、っぐ。ぐす。ひっく。うぅ」
明らかに誰かが泣いていた。
この世界に居るのはたった一人だけ。
「あぁ、何かあったなこれは」
乙女はこの時点で何となく理解した。
苦笑いしながらその泣き声に向かって意識を向ければ、予想通り力無く項垂れて身を縮めている少女が居た。
少女も乙女の気配に気づいた様で、明らかに不快感を発し、それを隠そうともせずにその赤い瞳で睨みつける。
「なんだ、お前は」
「あ、どうも。お邪魔してます」
乙女がお調子なご挨拶をすれば、その少女は益々怒りを募らせている。
「人間如きが私の中に入って来るな。消え失せろ」
「まあまあ、そう言わず」
「鬱陶しい。消えないなら消してやろうか」
「ふふん。無理だよ」
少女の怒りをものともせずに、寧ろからかう乙女。
一触即発。少女が身構えたが、乙女がある一言を告げる。
「何てったって、私は、【龍】だからね」
「何?」
ピタリと固まり乙女を観察する少女。
どこか合点がいったような表情に変わる。
「そうか、確かにあの時の。成功したのか」
「あ、やっぱり。助からないって思ってたんだ?」
「ほぼ無理だと思っていた。それならそれで死ねば結果オーライだったからな」
「ふーん。それをみーちゃんは知ってるの?」
「知らない筈だ。多分」
「それを教えたらどうなると思う?」
乙女がそう言えば、少女は少しだけ瞳が揺れたが、乙女の言葉を突っぱねる。
「ふ、ふん。言えば良いだろう?」
「くは。わかりやす」
「な、何がだ」
「いや、何でも。それよりさあ、一応何があったのか聞いて良い?」
「答えると思っているのか?」
不機嫌な少女は乙女を睨むが、不敵な笑みの乙女は止まらない。
「そっかあ、仲直りしたくないんだ?」
「け、喧嘩なんてしていない。そもそもお前はなんだ。しつこいんだよ」
「いやあ。急に甘えて来たからね。納得したわ」
「な、なんだと」
「怒ってたよー。アイちゃんなんて、あっ」
「うぐっ、ひっく」
気付けば少女が泣いていた。その瞳からはいっぱい涙を流している。
それを見た乙女は慌てて少女を抱き締めてあやし始める。
「あー、どうどうどう」
「もう、ダメです。私なんて」
「いやいやいや。イメージと違いすぎだわ」
乙女の中でのもう一人の少女のイメージは冷静沈着で、甘い感情が無く、無機質な物だと思っていた。
しかし、今まさに目の前にいるその少女は、年相応に泣きじゃくり、感情の制御が一切出来ていない。
そして、素直な性格だと思っていたのだが。
「うるさいです。抱きつかないでください」
「あー、わかったわかった」
乙女は少女を撫でながらその言葉を聞き流す。乙女がそうしたのは、少女が乙女の腰に手を回して離そうとしないから。
暫し時間が経って大人しくなった少女。
出会ってすぐの敵意は今はもう残っていない。
一応嫌がっていた筈の抱き締めも受け入れていて、先程までの態度は虚勢を張っていたのだとわかる。
会話にならなかったらどうしようと懸念していたが、それもどうやら少女が一頻り泣けば、返事も返してくれる様になっていた。
なので自己紹介とか、お互いの持っている情報交換を実施した。
「ふむ。姉か。まさかそんなものが出来るとは」
「まあ、一応ね。だから甘えても良いんだよ?」
「遠慮する」
「えー」
「それより、本当にその」
「あ、あー、うん。仲直りね。おっけおっけ」
またもや苦笑いの乙女。
隠し事があるみたいだが、少女は気付かない。了承を得られたので疑問を感じなかった。そして、その事が嬉しいのか、笑顔になる少女。
「うん。信じる。フユ」
「そうしてれば素直で可愛いのに」
「うるさいです」
「まあ今ので双子なんだなって思ったよ」
「ああそうですか。因みにあなたは私達を双子と言いますが、私はあの子と魂を一度混ぜてしまっているのです。それから後に私が真似をしただけですから、似ていると言うのは変です」
「ん?どゆこと」
「元は同じ物だった。です」
「‥‥‥ふーん」
「理解してませんね?」
「まあ、なんとなくで」
「はあ。さて、もう良いでしょう。帰って下さい」
「うはあ、手厳しい」
もう感情は切り替わったのか少女は乙女から離れる。
そして離れ側に、一言誰にも聴こえないように溢した。
「ありがと」
耳の良い白龍は聴こえないフリをした。
それが少女の為だと知っていたから。
乙女は黙ってこの場所を離れるのだった。