二百三十二話 久遠
「では。失礼します」
金の巫女は深々と頭を下げてから屋敷を後にする。時刻は夕暮れへと差し掛かり、流石に王女ともあれば他家に長居するのは憚られるのだろう。
出迎えは簡素ながら乙女が務め、玄関口まで出てから巫女が見えなくなるまで立ち尽くす。
やがて、巫女が見えなくなってから乙女は少女の寝室へと向かう。
そしてそこにはベッドの中で眠り続ける少女。
少女は一度目覚めていたが、乙女と会話をする前に眠ってしまった。落ち着いて会話をしたいと考えている乙女だが、それが叶わずつくづく間が悪い乙女。
誰が悪い訳でも無いが、己の間の悪さに不満があるのか少女を突いて遊ぶ乙女。
前回触っていたら起きたので、今回もそれを期待しての行動だった。
しかし、今回は一切の反応が返ってこない。つまり熟睡してしまっている。
起きる気配は無いが、何やら寝言を言っているらしい。口が動いていた。
ふと気になった乙女が、少女の口元に耳を近付けて聴こえる音に集中した。
「‥‥‥フユ」
寝言で自分の名前を呼ばれていた。
ひょっとしたら夢の中に私がいるのかも。
寝惚けてても嬉しい。良かった。この子の中に私がいるんだ。そう思ったら頬が熱くなってしまった。
そんな喜びが浮かび、乙女が嬉しさを自覚すれば、それに伴って自らに潜む影が忍び寄る。
私は沢山失敗した。それら全てを挽回する為に、罪滅ぼしの為に何があっても命の限り尽くすと決めていた。
覚悟をして臨んでいたつもりでも、本当は辛かった。
見向きすらされてない気がして。
気付いたら目が熱くなってた。
目の前が滲んでよく見えない。
私は泣くのが嫌いで、すぐに泣いてしまう自分の事が嫌いだった。その筈だったのに。
笑いながら泣くなんて、ある訳ないって馬鹿にしてたのに。
「うっ、ぐ。泣いたらダメ。しっかりしないと」
自らを律し、罪を受け入れようとする。
しかし、それを許さぬ少女の寝言。
「フユ。ありがと」
今度は名前だけじゃない。聞き間違いでもないお礼。
たったその一言が欲しかった。言われて初めて理解した。それでも、その言葉は乙女から強請る事は出来なかった。
浅ましいと思ってしまうから。
それに、拒否される事が怖かった。心の中では拒否されて当然だと思っていた。むしろ拒否されるべきだと。
本当は拒否されたら立ち直れない。
また、自らの罪を知られてそれを贖う事すら赦されずに恨まれ続けるかもしれない。それが怖くて、洗いざらい全てを白状出来ないのも自分の嫌いな所だった。
そんな自分が少女の側に居るのは相応しくない。
そう考えれば全てが嫌にもなるし、だとしても側に居たいという気持ちには逆らえない。
常に「それでも」と葛藤し続け、本心は少女と会話がしたいのに、少女に話し掛けられたら思わず逃げてしまいそうになる。そんな気難しい乙女。
それは仕方が無い事なのだ。
そこはかつての記憶が関係している。
乙女はちょっと前に、かつての親友に限り無く近い存在と出会った。
それは弱さのカケラも見えない強い存在。
かつての親友を例えるなら太陽。暖かく全てを照らす様な。
しかし出会ったその存在は、太陽で間違いは無いが、ジリジリと熱い。それこそ近寄れば焼け焦げてしまいかねない程の超高温。優しいだけじゃない。
怒ったら怖いのは変わってない。
いつも仏の様に優しい親友だった。なんだって許してくれそうな程に。
でもそうとは限らないんだ。
ある日、一緒にお風呂に入っててつい触り過ぎたんだ。それで怒られた事がトラウマになってる。
胸をイジったんだ。二つの意味で。それが良くなかった。多分だけど。
初めて怒ったのを見てしまった。その時、二度と怒らせないって誓ったんだ。
思い出を振り返り、すんでのところで涙を拭う乙女。
少女に垂れてしまう前になんとか防いだ。流石に顔に水が掛かっては起きてしまうだろう。
乙女はさっきまで少女を起こそうとしていたが、今度は逆にそれを避けようとする。どうやら乙女は顔が見られたくない様だ。
しかし、そこに追撃を加える少女。
「大好きだよ」
にへらと笑い、乙女が聞いているのも知らずに、その本人の目の前で寝言を言う少女。夢の中ならお互いに素直になれているらしい。珍しく素直な少女。
乙女はと言えば、急な告白により完全に不意を突かれ、まるで全身の毛が逆立つ様な感覚が走り抜けている。
どうにか頑張って止めようとしていた涙が、思い出してしまった記憶の影響もあり噴き出してしまう。
「あ、あぁ」
乙女はなんとか目を手で押さえたが、もう既に泣いていた事は誤魔化されない程に表情が崩れてしまった。
「馬鹿。馬鹿。そんな事、言わない、でよ」
涙を押し堪えながら、弱々しくも少女の言葉に抗いながら距離を置く乙女。
「だって、私。卑怯なんだよ。それなのに」
隣に居たい。
どうせ無理だろうと思っていた。
選ばれる筈が無い。それは解ってる筈なのに諦め切れない。奪われる位ならいっその事。
そう考えてしまう自分の卑しさが何よりも許せない。
あまりにも少女が綺麗過ぎて、その心に嫉妬してしまいそうな自分が嫌いだ。
「側に居たい。何があっても。例え」
乙女は言葉を紡ぐ。
叶わなかった夢。高嶺の花に今一度願う。
「裏切られたとしても。ずっと」
乙女は本心をさらけ出す。
かけがえの無い想い。存在。思い出はたった一人に関わる事だった。
乙女にとって、自らの人生がその一人によって成り立っていた。
それは過去から受け継がれ、未来永劫変わらない。それでも後悔は無い。きっと。
少女は眠り続けてますね。
‥‥‥だって、乙女の話が書きたくて。
それはそうと、外伝三話は竜巫女の話にします。
また近い内に投稿しますね。多分。