二百三十話 手取り合う姫達
今、私はすごく幸せだ。
少女は鼻を鳴らしながらある物に抱きついていた。
その抱きついていた物とはずばり金の巫女。あるいは竜巫女と呼ばれている竜聖国の王女様の事で、少女より一つだけ上の女の子。
お互いが引っ付き合っていて、無言ながら暖かな空気に身を預けていた。
巫女は少女を撫でる事に夢中で、少女はと言えば、
くんくん。ああ、落ち着く。
甘い香り。美味しそうな匂い。
そんな事を考えていた。
周りが無言の状態で、しきりに少女の鼻の音が鳴れば金の巫女も流石にその音に気がついてしまう。
「あ、あの?嗅いでいますか!?」
「‥‥‥嗅いでない」
少女は照れ隠しに嘘を吐く。
勿論、そう言うが、すんすんと立てられる音は鳴り止まない。
「で、ではこの音は!?」
「わからない」
巫女が問い質すも「わからない」と答える少女。
少女がわからないのならば、誰がわかるというのか。
嗅ぐ方はまだしも恥ずかしくないが、嗅がれる方はたまった物ではない。巫女は慌て始める。
「あぁ、その、変な匂いとかしたらその」
「大丈夫。良い匂いだよ」
少女は実質自白した。
ただそれは、巫女にとってのひとつまみの希望が砕かれてしまう事に他ならない。
幾ら良い匂いだと褒められようとも、恥ずかしいものは恥ずかしい。そして何より、最も敬愛している少女にそんな事を言われては、顔から湯気が出るのは当たり前だった。
「あぁ、その、ありがとうございます」
「うん」
褒められたのは素直に嬉しいが、嬉しさと羞恥心による大戦争で顔は真っ赤。
もう何を言っても防ぎようが無い事を察した巫女は、諦めモードに入り、その代わりに少女を撫でる事に集中した。
少女を滅多に触る事が出来ないので、自らの羞恥心は捨てて半ば自棄になっている。
ドサクサに紛れて触っているが、どうも少女に拒否される様子が無いので好奇心に身を任せてしまう巫女。
それはもう楽しくて仕方がない事だった。
吐息が聴こえる距離で緊張感も全開だったが、それよりも幸福感が上回っている。
かなりの時間を甘ったるい空気に乗っ取られていた。その空気の所為かどうかは巫女にとってわからない事だが、少女が小さく一言溢す。
「私、頑張る」
何気無い一言だが、それは鬼気迫る声音。
覚悟を秘めており、危うさを感じてしまった。
巫女はそう思ってしまった事を瞬時に不敬だと理解したが、それ以上に、少女が寂しそうだと感じた。
どうしてもそれが気になり、聞かずにはいられなかった。
「イヴ様?どうかしたのですか?」
「‥‥‥何でも」
少女が言い切る前にその言葉を遮る。
「なら、どうして震えているのですか」
「‥‥‥違う」
そう言いながら抱き付く力は強くなる。
「怯えていますか?」
「そんな、事は」
嘘だった。
家出をしたのも自分の無力さ故。
己が役立っている自信が無かった。
帰ってきたらより悪化してた。それは仕方ない。逃げたんだから。そして力尽くで連れ戻された。
王様達にも謝れなかったし、ラーナちゃんに甘やかされて、このままだともっとダメになってしまいそう。それが堪らなく怖い。見放されてしまうのも。
未だ見放されてはないけど、言葉で言われてないだけで、本当はもう呆れられてるのかも。
少女が悩めば、巫女は強く抱きしめる。
そして少女を落ち着ける為、耳元で囁く。
「いつでも頼って下さい。私はイヴ様の味方です」
「それだと、私は」
差し伸べられた手を取ってしまったら、もう二度と一人で立ち上がれない気がしてそのまま堕落してしまう気さえする。
頼ってばかりでいるといつまでも成長出来ない。そう錯覚してしまった。
本当は頼りたい。
「イヴ様はいつも頑張っています。私は知っています。ですから、困った時は相談して下さい。本当はつらいんですよね?」
「‥‥‥うん」
「でしたら一緒に頑張りましょう。私も手伝いますから」
「うん」
そして、少女は思いの丈を話した。
知った事。知っていた事。知りたい事。
「私は黒龍だけど、いらない存在なのかなって思って」
「そ、そんなはずはありません。それこそ万が一にも有り得ません」
私が話せば、ラーナちゃんは全ての事に返事をしてくれた。
不安な事には温かい言葉と、その不安に対する否定を。
私の理想に対しては否定せず、理想の為の目標を一緒に考えてくれた。
「魔物と共にありたいでしたね。であるなら私もイヴ様を信じ、協力します。皆様にはひたむきに説明すればきっとわかってくれます。何と言ってもイヴ様の言う事ですから」
「でも、敵だって言うし」
「いいえ。イヴ様の味方なのですよね?でしたら私達、竜聖国民の味方でもあります」
「そ、そうかな」
「はい!」
曇りのない返事。迷う事無く即答。
とても綺麗な笑顔で言い切る。
今思えばどうして頼らなかったのかが不思議な位。
私はとても心が落ち着いてる。
ラーナちゃんとお話しをした事で。
そうだよね。私。ムキになってたんだよね。
冷静じゃなかったんだ。
あー、私ってお馬鹿。ふふ。知ってた。
少女は笑った。巫女の笑顔に対抗する為に。
精一杯の笑顔で笑い返すのだった。
色々な人がいます。
優しい世界が良いですね。
無垢が無垢であり続けられる様な世界が理想です。