二百二十九話 護国の想い
机の上には大量の紙らしきものが重ねられていた。
そこには誰も居ない。と思われたが、書類の奥にその書類の一部ととにらめっこをする少女が居た。
「ぐぬぬ」
呻き声を上げながら羽ペンを走らせる。
羽は止まっては動いての繰り返し。しきりに止まっては近くの本を手に取り、眺めながら書き込んで行く。
‥‥‥あまり上手く行ってはいない様だ。
「終わらないよぅ」
泣き言を言って倒れ込む少女。
倒れ込んだとしても見た感じの面積は大して変わっていないが。
少し休んでからムクリと顔を起こし、再度ペンを操ってゆっくりながらも着実に書類を片付けている。
しかし、量が量で、床にも大量のお仕事が重ねられている。
そちらにチラリと視線が動けば瞳から輝きが減ってしまった。なので、そちらは見ない様に目の前の事に集中したらしい。
「諦めない。やるんだ」
ひたすらその言葉を呟きながら続けていたが、少し時間が経てばそれに反して頭がフラフラ彷徨い始める。
そして、そのまま力尽きて眠りこける。
「すう、すう。えへへ。終わったよ」
少女は眠りながら夢を見る。とても幸せな夢を。
そこに訪れるメイド長。当然部屋に入っただけでは見えないので、真横まで来て眠ってしまった少女を見つける。
食事やお風呂の用意を整えたので呼びに来た。のは半分で、乙女が来ていると思い様子を見に来たのが実際の処。
「フユお嬢様は居ないのですか。あれ?ではどちらへ行かれたのでしょうか」
「わたひおしごと。えへへ」
「寝言、ですか。起こすのは忍びないですね」
そう言ってメイド長は部屋から出て行った。
そして、肝心の乙女はと言うと‥‥‥いつもの会議室に乙女は居た。そしてその場には国王夫妻も居て、怒りを露わにした乙女とそれに慄く2名。
乙女は2人に詰め寄る。
「‥‥‥どう言う事」
今にも怒りメーターを振り切らんばかりの状態の乙女。
「あ、あの?」
「イヴが仕事してるんだけど」
「え!?」
「なんて言ったのさ。あの子に」
「それは」
問われて王妃が思考を動かせば、それを読み解く乙女。
結果。一瞬で憤怒に染まり切る。
「言い方って物があるでしょうが!あの子の事だから見放されたって思い込んでるのが予想出来るわ!」
「そ、そんなつもりでは」
王妃の弁明に対してキレる乙女。
「じゃあ何!?あんた達はあの子にどうして欲しかったの!」
「それは、ゆっくりと、ただ休んで欲しかったんです」
「それがあの子にとっては見放されたみたいで怖く感じるんだって!何でわかんないのさ!?」
「そ、そんな」
意気消沈の王様夫婦。
怒られながら唯々気不味そうな2人。
溜息を吐きながら淡々と告げる乙女。
「嘘じゃないのは分かってる。でも、あの子は今、物凄く弱ってるの。説明したでしょ」
「理解してます」
「国の為に、私がいくらでも協力する。だから、あの子に負担を与えないで。お願いだから」
「すみません」
怒っていた乙女も怒鳴った事で感情が少しは落ち着いたのか、今度は同情する様な表情になっていた。
「はぁ、上手くいかないね」
「はい」
「‥‥‥国は捨てない。そんなつもりは無いよ、あの子には。私もね」
「はい。重ね重ね申し訳ありません」
「難しいよね」
「そうですね」
「心が読めたら楽なのに」
「フユ様は読めるのですよね?」
「あーまあ、ね」
読めたら苦労しないんだってば。
乙女は心の中で1人ごちる。
側から見ればなんでも出来る乙女。しかし、その筈なのに、どこか歯痒さが残る様な顔だった。
「まあ、いいや。あの子が率先してやったんなら止めようがないし」
「‥‥‥はい」
「怒ってもしょうがないね」
「慈悲に感謝します」
「そんなのじゃない」
「いえ。ありがとうございます」
「もう良い帰る。絶対にあの子に無理はさせないで」
「はい」
捨て台詞を吐いて乙女はその場から消えた。
嵐が過ぎ去り2名が脱力してしまう。
2人は放心状態で、絶望に染まっているかの様な顔。そして、吐き出す様に嘆く国王。
「どうする?どうすれば良いのだ?どうしたら良かった?」
「わかりません。待つしか」
「見捨てられたらこの国は終わるのだぞ」
「はい。ですが、元より黒龍様は、【頼るな】と仰っていたではありませんか」
「それとこれでは訳が違う。はあ。王たる者が何と無力な事か」
各々はそれぞれの理由で悩みを抱えてしまう。
しかし、それとは真逆の人も居た。
「‥‥‥様。‥‥は仕事‥‥‥から」
「‥‥すわ。‥‥‥ですよ!」
少女の眠りが浅く、覚醒に近付いていた時に何者かの話し声が響く。
遂にはその声で少女が目覚めたと同時。
1人の女の子が執務室に入って来た。
それは金の巫女ことラーナ王女殿下だった。
「イヴ様!お仕事の邪魔をしますわ!」
それはまるで、家に案内された者が最初に告げる挨拶にも似ていた。
しかし、そこには謙虚さはあまり無く、どちらかと言うと文字通りのお邪魔だった。
「んえ?」
実際は仕事をしていたと言うよりは眠っていたのが正しく、そこに居るのは寝ぼけ眼の少女だった。
「あ、寝てましたか。起こしてしまってごめんなさい」
仕事の邪魔は良くて、逆に睡眠の邪魔をした事の方を気にし始める金の巫女。
今日の昼に会ったのに、態々会いに来たらしい。
そして再開して初の言葉を口にする。
最も少女が欲しかった物を。
「おかえりなさい。イヴ様」
その満面の笑顔が、少女のやさぐれてトゲトゲした心を一瞬で丸く作り替える。
その一撃は少女に効果があり過ぎて、無意識に少女は金の巫女に抱き付く。
金の巫女もまんざらでは無さそうで、デレデレとしながら少女を甘やかすのだった。
中々こう、なんと言いますか。
物事は打算的に対処すると上手くいかないみたいな事ってありますよね。
もっと、単純に考えるべきだったなあと、後悔する事も多いですよね。
まあそんな事はどうでも良いですが、今後は少女の内面を書く感じの予定です。