二百二十六話 奇跡の絆
少女はベッドに寝かされていた。すやすやと寝息を立てて穏やかに眠っていた。
そしてそれを真剣な瞳で眺める乙女。
物思いに耽り、自らの記憶を辿っていた。
どうしても戦わないといけないの?
『うん。警戒してるだろうからね』
説得するだけなら必要無い気もするよ?
『ミュエラがいる限り信じないよ。私自身の声すらね。それはそうと、心臓の位置に魔力核があるのは知ってる?』
あぁ、そうなんだ。
魔力核?魔法を使う時に力を込めてる所?
『そう。龍の魔力核は壊れないけど、唯一、私だけは壊せるから気をつけてね』
気をつけてって言ってもねえ?
下手したら死ぬって事だよね?
「うん。何とかその魔法を使われない様に工夫して。その、無事でいて欲しいから」
‥‥‥うん。わかった。
微かに残る声に耳を傾けていた。
声を聞いた事で乙女の頬が弛み始める。
「言われた通りにしたよ。ね?私、頑張ったよね?」
乙女は少女の頬を突く。特に返事を求めていた訳では無いが、乙女が触れた事で少女が目を覚ます。
「んんっ、あ、ここはどこ?」
「あっ、起こした?おはよ」
乙女が少女に話し掛ければ、薄らと開いていた瞼を目一杯広げて起き上がる。
その瞳は乙女を見つめ、何があったのかを瞬時に理解した。
あ、私、負けたんだ。
なのに、どうして生きてるんだろう?
どういうつもりなのか。命までは取るつもりは無いって事なのだろうか。
少女が気になって乙女をじっと見つめれば、ふいと乙女は視線を逸らした。少女に見つめられて照れくさいのか頬を染めてしまっている。
その反応が、どうにも命を狙われていた様には思えず、ますます疑問が深まってしまう。
2人が固まって奇妙な空気が流れていた頃、タンタンと扉が叩かれ、それに続いて声が聞こえる。
「失礼します。フユ様。完成しましたがどうしますか?」
「あー、うん。入って来て」
乙女が応答すれば、ガチャリと扉が開かれ男性が入って来た。
「おや?お目覚めでしたか」
「あ、」
急に話しかけられ怯える少女。
自分の知らない所で会話が進み、不安が込み上げてくる。
「早かったね」
「急ぎましたから。体調は如何ですか?」
「まあ問題無いかな?」
「それは良かったです。さてコレですね」
男性が取り出したのは赤黒く不穏な輝きを放つ丸い玉。中の赤い模様が蠢き、まるで生きているかの様な不思議な玉。
危険な物に見えるが、惹きつけられる様な魅力も感じる。
「ごめんね待たせて。今、全部が揃ったから。はい、イヴ」
「これは?」
「アイちゃんを起こして来て。これ、新しい身体だから」
「え?」
少女は戸惑う。
もう既に亡くしてしまっていた。
そう思っていた。しかし、乙女の言葉に思わず縋る。
「で、でも、私」
喉まで出かけた声を止める。
自らの失敗を認めたく無かったから。
しかし、乙女は出なかった言葉に対して否定をする。
「死んでないよ。だから、逢いに行っといで。これがあれば救える筈だからさ」
言葉が信じられず、その玉と乙女を交互に見比べる。
嘘だと思えなかった。信じたいと思った。
少女は玉を受け取り小さく頷く。
今まで疑っていたのが嘘の様で、笑顔で乙女を見つめる。乙女も笑顔で応じてくれた事で、少女は集中する。
そして、自身と玉を繋ぎ、かつて親友のいた場所へと飛ぶ。
少女の瞳は濁り、意識を失う。
乙女達はそれを眺めて声を漏らす。
「行ったね」
「ええ。上手く行く事を祈りましょう」
「うん。グスッ」
「無理してたのは分かっていましたが、お強いですね」
「そんな事ない」
「いえ、そうですか」
乙女は涙を拭い少女を見届ける。
この奇跡を起こす為に最も苦労した功労者として、少女を眺め続けるのだった。
暗く、無音の世界の中。
一切の明かりすら無い場所を迷う事無く、ただ真っ直ぐに歩く少女。
目的地に辿り着いた事で歩みを止めた。
『来たよ。嘘じゃなかったんだね。良かった』
鎖が巻き付き、刺さった塊に話し掛ける少女。
その声に微かに応える声。
《何をしに来たのですか?》
大切な人の声。
それが聞こえて、喜びの感情が湧いて来るのがわかる。
『助けに来たんだよ』
《もう手遅れです。如何に貴女でも不可能です。だから、かえ》
『帰らないよ。私を助けてくれた人の為にも何としても連れて帰る』
《強情ですね。昔から貴女はそうでしたね》
『うん』
《まあ、やってみて下さい。どうせ、私は》
『わかった』
少女は最後まで聞かずに鎖を全て解き、祈りを捧げる。
蒼く、光がもう1人の少女を照らす。
《ふふ。流石の貴女でも弱った私の魂を治すのは不可能ですよ》
諦めるかの様な女の子。諭す様に言い放つ。
それを睨む異眼の少女。
『アイちゃんが諦めたら駄目って言ったんだよ。だから私は諦めたくない』
《そう、ですか》
『一つ、思い出したんだ。初めて君と出会った時の事を』
余裕そうだった女の子の表情が固まる。瞳が揺らぎ、慌て始める。
《な、何をするつもりですか?》
『2人で1人。私達は生まれた時から2人。そして、これからも。だから、半分こだよ』
異眼の少女が女の子ににじり寄り、それによって後退り、女の子は逃げようとする。
《こ、来ないで下さい》
『駄目だよ。もう二度と逃がさない』
《それをしたら、貴女が》
『今度は失敗しないよ。手を取って』
目の前に来て手を差し出す少女。
震えて躊躇う女の子。
ゆっくりと恐る恐る手を取った。その瞬間。少女は大切な親友を抱きしめる。
『今度こそ、絶対に』
青色の光は女の子に取り込まれ、輝きは弱く、か細くなって行く。
互いに強く抱き合い、ゆっくりと元あった暗い世界へと沈むのだった。
所謂、深層意識というやつです。
その世界では曖昧な記憶を取り出せたり、普段の自分とは違った能力が使えるとかなんとか。
明晰夢的なアレです。
そもそも少女は無意識に力をセーブしていますから、この空間では無敵です。
勿論口喧嘩も最強です。何せ議論が通じませんから。