二百二十四話 奇跡の準備⑥
「なんかさ、あっという間だったね」
一人の女性が声を出すことによって沈黙が破られる。
「うん。なんと言うか、もう会えないかもね」
「ずっと謝ってた」
そこに居た3人の女性、つまり赤銅は、周りを慌ただしく動く職員とは真逆に、立ち止まって寂しそうに会話をする。
3人が話題にしているのは1人の女性の事。
先刻、遺跡にて数多くの魔物を一瞬で討伐した。いわば偉業とも言える程の活躍だったのに、心ここに在らずと言った感じで急いで何処かへ行ってしまった。
どこへ行ったのかは何となくの見当は付いている。
遺跡で見かけた男性の所へ行ったのだと思っている。その時から様子が変だったから。
「恩返し」と、言っていた。
そう言う意味でのお金なのだろうか?
その手にずっしりと乗っているお金の入った布袋。言うまでも無く討伐報酬だった。
受け取りを断ろうとしても無理に押し付けて来る物だから、断ろうに断れなかった。
受け取ったらもう二度と会えない気がしたのは私だけじゃない。
現に、アルカやルルも断ろうとして、私に助けを求めるかの様な視線を送って来た。
あまり断りすぎるのも失礼だったし、受け取ったは良いものの、まるでこれが手切金みたいな物に思えてしまうのも、私だけが思った事では無い。
「はあ、惜しい人だったなあ」
思わず溢してしまう。
言ってしまったら、ごく僅かな希望すらも有り得ない事だと認めてしまったみたいで、余計に寂しくなってしまった。
「将来有望なのにね?アレが天才ってヤツかな?」
アルカが茶化す様に言う。
仲間になれたかもしれない可能性は、やはり否定しなかった。
予想通りだったのかも。
「良い人だった」
本当にそうだなあと思う。
ハッキリ言って私達があの数の魔物を討伐するには何日も掛かる。それも怪我を負わなければの計算で、あの数なら囲まれたら全滅は免れない。
リスクが最小限の各個撃破に徹して初めて成立するかどうか。
それでも、聞くところによると中にはBランクの魔物もいたらしい。その時点で私達だけで討伐出来たかどうかすらも危うい。
つまり何が言いたいかと言うと、あの人には何のメリットも無いのに、魔物を討伐するという危険を飲み、その報酬金をほんの少しですらも受け取らずにどこかへ行ってしまった。
しかし、もっと残念な事は、このお金よりもあの人の方が惜しいと感じてしまうこと。
惜しむらくは強さでなくその心。
少女の姉を名乗り、それはおそらく本当の事。
かの少女に引けを取らぬ優しさを持ち、やはり住む世界が違った。
手を伸ばしたけれど届かずに諦めていたのに。また、伸ばそうとしてしまった。
優しい人だから、待ったらもう一度会えるのではないか。そう希望を抱いた事もあった。
でも、今回も同じ。きっとまたお別れだ。
気が付けば3人は同じ目をして見合っていた。同じ事を考えながら。
乙女は空を移動しながら会話をしている最中。
錬金術師である男性を前に、今はお互いに座って空に浮かんでいた。
「器を用意してって頼まれてる」
「器ですか。魂を入れるだけなら構わないですが、おそらくそれだけでは足りないと思います」
「何が足りなさそう?」
「身体ですかね。他には‥‥‥魂を補助する機能とか」
「身体?作れないの?」
「どの程度にするのか次第ですね。人間を模すのならその、皮膚とか。一応人工的には作れなくは無いですが」
「人形とかは?」
「何であれ、ある程度は耐久力が要ります」
「うーん。魂の補助とかは?」
「そうですね。人間の様に制御を用意しなくてはなりません。例えば、お腹が空いたら空腹を訴える機能みたいな物で、魂が崩壊の危機に迫っていたらそれを理解できる様なシステムが必要です」
「うぁ、何となく理解したわ。だるいねー」
「‥‥‥何が必要かは分かりません。ですが、必要になってからでは遅いと思います」
「他は?」
「他は特に思い付きませんが、龍の血を使う事である程度は代用出来るとは思いますが、魂だけは不可能なのでそれだけ注意を」
「そっか、私の血は使える?」
「女神様は龍だったのですか?」
男性は思わず質問に質問で返す。
女神だと思っていたら龍だったと聞かされ、驚いてしまったのだ。
「んー?まあ、色々ね」
しかし、乙女はその質問を適当に答える。
「成る程」
男性も深くは聞かない。
はぐらかしたのには、言いたくないであろう理由がある事を察して納得した。
「それよりも、今更だけどどうして助けてくれるの?」
「おや?どういった意味ですかね?」
「んー、正直助けてくれるのが何でなのかなって」
「ふーむ」
男性は顎に手を当てて悩み始める。
悩みに悩み、沈黙の後に答えた。
「やるべき事が分からないのです。どうしたら良いのか、何がやりたいのか、昔はあんなにも楽しかったのです。しかし、今になって錬金術とは何かそれすらも思い出せません」
「あー、うん?」
「龍とは敵なのか、協力して良いのかも分からないのです。ですが、ひょっとしたらここにあるのかもしれないのです」
「うん。ごめん。質問してて何だけどさ、それはわかんないや」
「いえ。ずっと前から女神様にお詫びをしたかったのです。黒龍様にも」
「いやさ?女神と黒龍が結婚するとか有り得ないよ。ほんと、ねえ?マジ騙されたわ」
「ふふ。そうですね。驚きましたが、納得しましたよ」
「えー?」
そこには微かに笑う2人が居た。
一方は少し幼さが増し、もう一方は少し老いを重ねていた。
それはまるで、時が移ろう前の女神と錬金術師が、談笑を繰り広げたかつてにも似た雰囲気で笑うのだった。
錬金術師の心情とかも書きたいですね。
まあ、色々とあるのです。彼にも。
しかし、外伝三話を書こうと思いますが、(随分と飛び飛びでお待たせしてしまってるので)誰の話を書こうか悩ましいのです。
今のところ王妃様か、王女様の話にしようかな?と言った感じです。
うーん。錬金術師も書きたい。でもあまり本編を疎かにすると怒られそうですし。悩ましい。