二百二十二話 奇跡の準備④
依頼を受注した4人組は遺跡へと向かう。
距離はおよそ歩いて半日。かなり近い所に魔物が棲みついてしまっていて、その遺跡を調査するのが目的だ。厳密には制圧が正しいのだが、調査隊が依頼を出した事によって若干ニュアンスが変わっているのは別の話。
また、この依頼は魔物を倒す事で追加報酬もあるので、どちらかと言えば達成報酬よりも+αの方がメインなのだ。
相応に難しいのは間違い無く、リスクに見合うかは疑問なので誰も受けずに残っていたのだが、乙女にとってみれば幸運なのは事実だった。
とは言え、赤銅から見れば受注資格はあるものの、明らかに格上の依頼なので尻込みしている。
その不安も無理矢理乙女が連れ出した事と、報酬は山分けと伝えればやる気は出しているみたいだ。
街から離れ、人目のつかない場所に出た所で、乙女は赤銅の人達に話し掛ける。
「さて、もう良いかな?」
そう言ったのは乙女。
依頼を受けてからここに来るまでで会話は少なく、その少ない言葉にさえほぼ感情がこもっていなかった乙女が、急に気楽そうな声を出したので、3人組が何事かと見つめれば乙女はニンマリと笑っていた。
その笑顔はどこか意地悪そうで、これから悪戯をするぞと顔に書いてあった。
「そーれ」
乙女の言葉と共に3人組は浮かび上がる。
「なに!?」
「うわっ!」
「キャッ!」
当然、急に浮いてしまった3人はそれぞれ驚いてしまったが、乙女はお構い無しに続ける。
「空の旅へとご案なーい」
「どういう事ですか!?」
「いやさ、依頼の場所まで遠いし」
乙女の言う通り、目的地までは結構距離がある。「だから空を飛ぼう」とは普通ならないが。
乙女も空を飛び、3人は魔法の箱の中に閉じ込められて遺跡まで一直線。
今回は翼を使わず、乙女自身も魔法の箱で移動した。
遺跡へと到着して地面に足をつければ、焦燥して疲れ果てた様子の3人組がそこに居た。
しかし、それもその筈。
初めて空を飛び、なおかつ床が透けていた。上空数百メートルの高さに、透明な強化ガラスの上に立っている様な物で、その状態から下を眺めるのは中々勇気がいる行為だ。
故に床があるのは感触でなんとなく理解できていても下は怖くて見れない。そんな状態だった。
高い所が苦手な者なら尚更で、そうで無くとも慣れるまでには結構時間がかかる物なのだ。
乙女は自分の意思で空を飛ぶので、それ程怖い物としては感じないが、それについては一応申し訳ないと思っている。
そもそも乙女は死の恐怖が無いので、ある意味卑怯とも言える。
「ごめんね」
3人は怒ってはいないが、恐怖により反応が鈍い。
「いえ、大丈夫です」
リーダーであるリリアがそう答えたが、誰がどう見ても大丈夫そうでは無い。
さらに乙女は心だって読める。流石に今回は不要だったが。
とは言え、そう言ったのならと、その言葉を聞き入れる乙女。早速依頼の為に索敵を開始した。
索敵をしながら乙女は少し考え事をする。
少し前に少女と感覚を共有した事がある。
記憶を覗き、考え方を教えてもらった。その時に幾つかの魔法を思い付いた。
索敵魔法もそう。
あの子に出来るのなら、龍となった私だって。龍に出来ない事は無い。
乙女は周囲の魔力を扱い、徐々に支配圏を広げて遺跡全域を調べ尽くした。
その範囲の中には多くの魔物が居た。それと人間。人間を見分けるコツは単純。魔力量が多めで、体が小さければ人間だ。
しかし、その人間はかなり魔力が多い。乙女の魔力を用いたソナーにも気付いたみたいだ。
「あれ?」
有り得ない。なんで気付かれた?
バレた事は一度も無い。
‥‥‥あの子よりも下手だからかな?大差無いと思うけど。
まあ良いや。私よりは弱いから取り敢えず周辺の掃除から。
「えっと、30匹位?かな」
数を数えてから乙女は魔力を溜める。
膨大な魔力を持つ乙女が魔力を態々溜めたのには理由があった。
この魔法を制御する為にはかなりの魔力を索敵に割かなくてはならなく、相手が動かないなら消耗は少なく済むがそう単純では無い。
索敵範囲内の魔力濃度を高め、範囲内を操作する。それはある魔法を発動する為。
点を意識してそこから糸を繋ぎ自らへと引っ付ける。
そして、柱が立つ。
細い氷の棘の様な何かは、唐突に不可避の一撃として人間以外の身体を貫く。
地面や空中から氷柱が伸び、避ける事すら間に合わず、乙女の意思によって葬られる。
何があったのかを知るのは乙女だけ。
唯一魔力の流れを理解出来るルルは怯えていた。原因はわからないが、乙女の周りに不可解な魔力が蠢き、まるで意思を持っている様にも感じたから。
魔法を放ち、冷たい空気を纏う乙女。雰囲気だけでは無く、空気は物理的にも冷たくなってしまった。3人は見惚れていた。
目を細めて悲しみを浮かべた顔。そこには微かに優しさが垣間見える。
3人が固まっていると小さな振動が足から伝わり、それらは徐々に近づいて来る。
そして目の当たりにするのは、氷柱に吊るされた血みどろの魔物だった物。その全てが近くに並べられた。それはさながら罪人を裁いた後の処刑場。
乙女がやったのは誰が見ても明らかだった。それは言葉によって肯定される。
「お掃除完了」
理解はしていた。赤銅の3人組は乙女が強い事をなんとなくは。
しかし、あまりに規格外過ぎて驚きが隠せないでいた。そういう意味では理解していたとは言えないかもしれないが。
「つ、強いんですね」
「ん?あーうん。まあね」
否定はしない。
しかし、さらに続くのはもっと驚いてしまう事。
「あの子は、イヴはもっと強いよ。私は勝てないからね」
「え!?」
「嘘?」
「底が知れなかったのは事実。でも」
「まあ、信じるか信じないかはどっちでも良いよ。もしあの子に近寄られたら私は手も足も出ないし。肉弾戦は苦手だもん」
だからと言って、乙女に近寄れる生き物はいない。
如何に乙女が接近戦を苦手としていても、そもそもが相手を近寄らせなければ良いだけで、その前提を覆す事が可能な者はいないのだ。
「それはそうと、今回の依頼は討伐報酬が追加で付くから結構稼げそうだね」
「私達働いてないんですけど‥‥‥」
「無料で貰うのは流石に」
「うん‥‥‥」
気楽な乙女とは違い、納得いかなさそうな3人。
「良いの良いの。妹がお世話になったからね。あとはまあ、驚かせちゃったお詫び?的な」
初めて見た時とは真逆の表情の乙女。どちらが本物なのか。3人は戸惑う。
ただ、一つ思う事は乙女は優しい人だと思った。
それを見た乙女は苦笑いをするのだった。
敵には容赦の無い乙女。
逆に、味方には激甘。
メンタルはちょっぴり脆い。
でも、頑張り屋です。