二百十四話 橋を掛ける者
村長さんと蜘蛛さんが手を取り合ってからというもの沢山の人が集まって来た。
なんでも魔物と身近に触れられるのは、中々無い体験だという事らしく、皆んなが興味津々だ。一躍人気者になってしまった。
少なくとも出だしは好調だ。
どうしても蜘蛛さんを避ける人はいるかもしれないが、少しずつでも打ち解けてくれたならばとても嬉しい。
最初は一切受け入れられないかもしれないと思ったけれど、案外そうでも無いのかも。
子供達が蜘蛛さんに群がってしまった事も大きい。
蜘蛛さんもノリが良く、伸縮する糸を活用してジャンプ台みたいな物も作ってくれた。
それを使って遊ぶ子もいれば、蜘蛛さんの脚に纏わり付いて持ち上げて貰ったりしている。
子供達が警戒心を解けば、大人達もそれに伴って理解を示し始めている。
蜘蛛さんも、纏わり付く子供達を華麗に受け止め、優しく丁寧に扱っている。
子供の突撃力はとんでもない物で、子供に怪我をさせずに、しっかりと勢いだけをいなすのは流石と言える。
とても人間を襲う魔物には見えない。
それ自体は間違いでは無いけど、蜘蛛さんには、人間と敵対するつもりは一切無い筈だ。
仕方なく生きる為に血を欲しているだけだから。
「しかし、こんなにも近くに、これ程の魔物が棲み着いていたとは」
村長さんが感嘆している。
ミュエラはその言葉に頷きながら口を開く。
「賢い魔物はそれに伴って強いのが常識だものね?」
初耳だ。思わず私は反応した。
「そうなの?」
「そうよ。そもそも魔物は人間よりも強いのよ。それが人間と同等の賢さなら勝ち目なんて無いでしょ?」
確かに。
知能が無くても脅威だと言われているぐらいだ。蜘蛛さん程賢いのなら、危険度はとんでもないことになりそうだ。
「蜘蛛さんはどれくらい強いのかな?」
「冒険者のランク規定に直せばB以上ね。Aとか」
冒険者のランクはAが最大だった。
それに届き得るのか。
アレ?なら竜王は?
なんか気が付いたら居なくなってたけどね。代わりにフユがいたから忘れてたけど。
そもそも、フユはランクに表す事は出来るの?
多分無理だよね?
「地竜がAなのよね。だから私達は実質Aランクよ。ねえ?ルビー?」
おどけて言うミュエラ。
私はAランクでは無いから否定を入れる。
「僕はCランクだよ」
「そういう事じゃないのよ。と言うか、アンタCランクなの!?」
何故か驚かれた。
そういう事ってどういう意味?驚かれた理由も分からない。
だから首を傾げる。
「つまりアレなの?私ったら何も聞かず、無理矢理?」
なんの事だろう?
無理矢理と言ったらあの事?
終わり無き自棄ミルクの時の事かな。
【終わり無き】とか言ったけど、別にそんな大層な物では無いけど。
結果的にはミュエラと仲良くなれたから、私は気にしてないんだけど。
「もし、もしも、私のせいでルビーが追い出されたとしたら?‥‥‥うあ」
ミュエラの顔が青くなった。
本当に青くなる物なんだね。
というか、気にしてないから、気にしないで欲しいんだけど。
私は私のために旅してるんだし。寧ろ、旅に付いて来てくれたんだからお礼を言いたい。
私達は割とどうでも良い事を考えていたら、村長さんが蜘蛛さんの話題に戻す。
「さて、血を必要とするのでしたか?」
「あ、あぁ、そうね」
「どうしましょうか?」
【ワガママヲ言ウナラ、吸血サセテ欲シイデスネ】
「採取した血を器に注いで飲ませてあげる?」
【噛マナイト血ヲ吸エナイノデス。舐メル為ノ舌ガアリマセンカラ】
蜘蛛さんは自分の意思を伝えようとするが、それは無理なので、代わりに私が通訳に入る。
流石に、あからさまなのは出来ないので濁しながら。
「吸血する習性があるらしい」
「なら、咬まないと駄目?」
「多分」
流石ミュエラ。
汲み取ってくれた。
「じゃ、私ね?」
そう言って手を出すミュエラ。
私はミュエラが手を差し出した事に納得がいかなかった。
何かあったら嫌だったから。危険だもん。
だから止めた。
「だ、駄目!」
「なんでよ!?」
納得いかなさそうなミュエラ。
なんでったってなんでもだよ。
「ミュエラは駄目なの!」
「どういう事よ!?」
「駄目ったら駄目!飲むなら僕の!」
【ルビー様ノ血ヲ飲ムト死ニマスヨ!?】
「アンタは駄目よ!」
ミュエラに否定された。納得出来ない。
「なんでさ」
「アンタに何かあったら怖いし、村に魔物を案内した私が一番に吸血して貰って、安全を証明すべきだからよ」
そもそも、蜘蛛さんが私の血を直接飲んだら死んでしまうのを忘れてた。弾け飛ぶだっけ?
私の血が駄目だからって、ミュエラの体で試すのは納得したくない。
言ってる事は分かるけど。
「さあ、どうぞ」
私の言葉を聞かずに、勝手に手を差し出すミュエラ。
躊躇いながらもこちらを見つめたが、吸血を始める蜘蛛さん。
私の心配は杞憂だったけど、話を聞いてくれないミュエラに対して不満が溜まった。
そんな私に、もう片方の手を差し出して頭を撫でる。
「私はルビーを信じたのよ。だから大丈夫。でしょ?」
私は怒っていた。
なのに、許しちゃった。
改めて思う。私って弱いんだなあって。
蜘蛛さんは魔物の強さのみで言えば、Cランク程度です。
しかし、他の魔物とは明らかに、一線を画す程の賢さを備えており、弱さを補っています。
それよりも。エルフさん。ギャンブラーですね。