二百十二話 下手なりの努力
私達は蜘蛛さんを森に置いて、村に帰って来た。村長さんに、蜘蛛さんの事についての相談をしようと思ったから、事の経緯を説明した。
「蜘蛛さんは悪い蜘蛛さんじゃないよ」
こんな感じで。
いや、まあ。こんな単純な説明では無かったけど、要約するとこんな物だ。多分。
説明しながら何とかして見逃して貰おうと思い、結構支離滅裂な説明になったと思う。
途中からミュエラに、バトンタッチしたけれど「信用出来るから」なんて、フワッとした説明ばかりしていた。
大事なのはそんな適当な事では無く、蜘蛛さんの価値を説明する事だった。
ミュエラが説明したのは糸の価値についてだった。
蜘蛛さんの糸はとても強靭な為、編み込む事で革の代用になると言った。
更には手触りの良さも説明する。ツルツルでスベスベ。触ったら少し冷たく感じる。
特に今は夏なので、必ず売れると力説する。
間違い無くこの村の特産品になると、現物を見せながら上手く説得した。
どこから持って来たのか。それはミュエラを助ける為に断ち切った糸を使ってた。まさか回収しているとは。
「興味深いですね」
側から聞いてもすごい説得力。手応えも十分。蜘蛛さんの危険度も皆無だと伝える事が出来た。
魔物の危険度という名の「リスク」よりも、得られる「メリット」の方が大きいかどうかを精査していると思う。
「本当に危険では無いのですか?」
念入りに訊ねる村長さん。
そこには自信がなくてオドオドしていた人ではなく、村長として責任を抱え、未知の領域へと踏み出そうとする勇気の表情を浮かべた人が居た。
未知の領域。魔物と共生出来るのかどうか。
それは私にも分からない。この世界で初かも。
互いが互いの手を取り、双方の信頼によって成し得る。
私は未だに自信が無い。
もし、私の所為で人間が、或いは蜘蛛さんが。
そう考えたら、確実だと言い切って退ける事が出来ない。
しかし、ミュエラは違った。
「勿論よ。生きる為に血を欲しがっているから、分けてあげて欲しいのよ」
「量によって変わりますが、この糸が使えるのなら一考の余地がありますね」
「量に関しても問題無いわ。今まで死人が出ていないでしょう?」
ミュエラの言葉に否定が出ない。
恐らく決着はついただろう。私は何もしていないけど。
そして何もしていないという事実が、私の心を暗い世界に沈める。
話し合いという勝負に勝ったのに、歯痒い思いがどうしても私の心を引きずる。
結局おんぶに抱っこ。勝てたのは偶々。そう、偶然。
そう思えば、酷く打ちのめされた気分だ。
そんな沈んだ私に、問い掛ける声が届く。
「ルビー君はどうですか?」
「僕、は」
「蜘蛛の魔物をどう思いますか?」
「信じられると思います。いえ、僕は信じたいです」
「成る程」
自信が無くて下を向く。仮面を挟んでいるのに、目を合わせる事すら出来ない。
そんな私の肩を叩く人がいた。
ポンッと手を置かれ、慌てて手の主を見れば、ミュエラが笑っていた。
「良かったわね」
「え?」
「納得しました。村人には説明をしますので、連れて来てくれますか?」
「了解よ」
ミュエラが返事して、キュイさんは頭を下げてから外へ出て行った。
二人だけの空間になった事で、私は幾つかの感想をミュエラに投げかけた。
「凄いね。ミュエラ」
「ん?何が?」
「私にはメリットなんて浮かばなかったし、血を分けるなんて発想も無かったのに」
「あー、うん。それはまあ、その」
「話しも分かりやすかったし、私は何もしてないよ」
さっき上げていた顔は、また下を向いてしまった。
そして、私が落ち込んでしまった瞬間。
空気が固まり、思わずびっくりしてしまいそうな、冷たい声が聞こえた。
「は?」
一瞬で私の背筋は伸び、冷たい感覚を覚えて、恐る恐る顔を上げた。何か凄い嫌な予感を感じたから。
するとそこには、鋭い目付きのエルフが居た。
「アンタ。何言ってんの?」
「え?」
咄嗟の事で、なぜ怒っているのか分からない。
多分、変な事を言ったのだとは思う。
「あの蜘蛛が懐いているのは、アンタに対してなのよ?」
「でも」
「悪い蜘蛛じゃ無いんでしょ?」
「うん」
「なら良いでしょ?」
「だけど、説得したのはミュエラで」
「アンタが信じたから私も信じたのよ」
ミュエラは私を励まそうとしてくれる。
でも、私は自分を卑下する為に言い訳を重ねる。
「私は交渉が下手で」
「だから?」
まるでミュエラは、気にしないと言ってる風。
私は益々重ねる。
「メリットとか、わかりやすかった。私には出来ない」
「あぁ。まあね」
「あと、安全だって。言い切ったし」
「あーうん。ハッタリよ」
「ふぇ!?」
思わず変な声が出た。
「そもそも安全かなんてどうやって保証すんのよ。私にもわかんないし」
「ほへ?」
「アンタが大丈夫って言ったなら大丈夫よ。自信を持ちなさいよ」
気付いたら元気になってた。
こうやって、私は簡単に気分が上下してしまう。
今回もミュエラのお陰で、私は笑顔になる。誰にも見せないまま、私はミュエラを尊敬する。
「売れるかなんてわかんないし、安全かどうかなんてもっと分からないわよ。でも、ルビーの前で格好悪い姿は見せられないし。最悪は私が討伐すれば良いし‥‥‥」
小さな声はブツブツと呟かれ、誰の耳にも届かずに消えて行く。
輝きの目に晒されながら。
少女は正しいルートを選べません。
今までずっとそうでした。そして今回も。
その結果がどうなる事やら。ゴールへと辿り着くのか?
皆目見当もつきませんね。