二百十一話 魂の目的
森は静まり返り、再び静寂に包まれた。
私は上手く信用を勝ち取り、ミュエラは蜘蛛さんを疑うのは辞めてくれた。多分これで衝突は避けられる。
蜘蛛さんは私のお願いを聞いてくれそうだし、ミュエラも一応飲み込めたと思う。
私はお互いを見比べて、念入りに関係を確認していた。すると、蜘蛛さんから言葉の文字が浮かんでいる。
【アナタサマハ、言葉ヲコエニダサナクトモ意思ヲツタエルコトガデキマス】
「ん?」
【言葉ハフヨウデス。オモッタコトヲ、ワタシニネンジテクダサイ】
『こんな感じ?』
【ソウデス。ミタトコロアナタサマハ、ニンゲントナカガヨイヨウス。デアレバ、ワタシト会話ガデキルノハ、アヤシマレルカモシレマセン】
『うん』
【コンゴ、マモノト会話ヲスルトキハ、コノホウホウヲツカウトヨイトオモイマス】
『わかった』
確かに言われてみればそうだと思った。
一応さっきまで敵同士だったのだから、急に和解したら、怪しまれるのは至極当然の事。
という事は今もミュエラに疑われてる?
そう思ったら、ミュエラが私に話し掛けて来た。
「どうしたの?見詰め合って」
「えっと、蜘蛛さんをどうしようかなって」
「うーん。村人に危害が無ければ放置でも良いかしらね?」
それで済むなら良いのだけど、いつか討伐隊が組まれるかもしれないし、どうせなら共生関係にしたい。
討伐してはい終わり、なんて事にはしたくない。我儘なのは理解してる。
それでももし、人間と魔物がお互いに助け合う事が出来れば、この蜘蛛さんを討伐する理由は無くなる。つまり、村人さん達に何か恩恵があれば良い筈だ。
とは言え、蜘蛛さんが絶対に人間を襲わない様にしなければならないし、血を吸わないと生きていけないから、人間を襲わずに血を吸う方法を考えないと。
まあ、今まで村人さんを殺しては無いから、このままでも大丈夫だとは思う。けれど、正体不明の魔物に襲われたという事実は、いずれ争いに繋がる筈だ。今回依頼が発生した様に。
いや、まてよ?
そもそも吸血する対象は、人間である必要は?
他の魔物。あるいは動物。それらだと駄目なのだろうか?
そもそも人間を襲う必要が無くなれば単純な話なんだもの。よし、一応聞いてみよう。
私は蜘蛛さんを見詰めて念じる。
『蜘蛛さんの食事って、他の生き物だと駄目なの?』
【カマワナイデスヨ】
『あ、それなら』
どうやら構わないらしい。
しかし、蜘蛛さんは申し訳なさそうに言う。
いや、申し訳なさそうかどうかは見ても分からないんだけど、なんとなくそう思った。
【デスガ、ニンゲンノ血ガイチバンオイシイデス】
『あ、グルメなんだね』
【ニンゲンナラ少量デスミマスシ、マモノダトキケンデスカラ】
『少量で済む?どういう意味?』
【ナゼカ満足度ガタカイノデス】
『そういう理由が』
それだとやっぱり駄目か。
村人の為に食事を変えろと言うのは無茶苦茶可哀想だ。食は生きる上でとても大切で、それを否定するのは、私には出来ない。
それに、他の魔物を襲うのはリスクが大きいって事だよね?苦労して仕留めてお腹も膨れないのなら、仕方が無いのかも。
なにより美味しくないみたいだし。
私の血はどうだろうか?
エルフの血を美味しそうと言ってたし、私の血にも魔力はある筈なので、美味しいかもしれない。いや、わかんないけどさ。
聞いてみる?
『あのさ、私の血は?』
【ソ、ソレハ。マリョクガオオスギテ、ノンダラハジケトビマス】
『へ?』
【薄メテイタダケレバノメルカモ。一滴ノ血ニ対シテ、大量ノ水デ】
え?濃すぎるって事?
というか、飲んだら弾け飛ぶって何?
私の血は毒薬なの?
いやまあ、うん。人間じゃなかったね。あぁ、改めて実感したよ。
少し滅入る。
考えたくなくて棚上げしてたから。
つい、考え込んでてしまったが、蜘蛛さんの話しは続く。
【タダ、吸血効率ガ良イノハ事実デスネ。ソレニ、アナタサマノ血ハタイヘン貴重ナモノデスノデ】
『そなの?』
【ソレコソ、魔物スベテガホシガルデショウ】
『‥‥‥蜘蛛さんはどうなの?』
【‥‥‥イタダケルノデスカ?】
物欲しそうにこちらを見つめる蜘蛛さん。
別に血をあげるのは構わない。けれど、価値があるのなら、無料であげるのはなんとなく躊躇う。
私の血は交渉に使える事が理解したから、取り敢えず、村人さん達との関係を上手く取り持てば解決の筈だ。
でもそんな方法なんてあるかな?
ミュエラに相談しよう。
「ミュエラ」
「ん?」
「この蜘蛛さんと村の人達で、なんとか仲良くなれないかな?」
「危険は無いの?」
やはりそこは不安なのだろうね。
でも、私は言い切る。
「そこは保証する」
しかし、蜘蛛さんも不安そうに言う。
【コロサナケレバヨイトオモイマシタガ、ソレモダメデスカ?】
『うん。無理かな?』
【ムズカシイデスネ】
駄目か。どちらかを優先すれば、もう片方が立たず。
なんとかしてお互いが納得出来て、争わなくても済む方法は無いのだろうか。
もし、アイちゃんならどうしたか?
そう思い思考を巡らす。
《人間も蜘蛛も生意気ですね。貴女が必ず正しいので、無理矢理にでも言う事を聞かせましょう》
‥‥‥駄目だこれ。
どうしよう。良い方法が浮かばない。
考えに考えても駄目。そんな時。ミュエラがポソっと溢した。
「村人が定期的に血を分ければ良い気がするわね」
一瞬固まった。
「へ?」
「それで白蜘蛛は、代わりに何かを支払えば良いのよ。見たところ死人が出ない程度の血の量で済んでるみたいだし。どうかしら?」
「な、成る程!」
良い方法だ。
とは思うけど、蜘蛛さんは何が出来るだろうか?
【ワタシハ、イトヲダスクライシカデキルコトハナイデスヨ?】
うん。有効活用する方法は浮かばない。
それでも、ひょっとしたら何かに使えるかもしれない。村長さんに相談してみよう。
もし、これで上手く行って、互いが仲良く過ごせたらどうだろう?
私という魔物も、人と仲良く生きて行く事が出来るんだと証明されないだろうか?
互いの価値を認め、共に生きる仲間として、私は許されないだろうか?
とても不安だ。拒絶されたら立ち直れないかもしれない。
でも、私は人の役に立ちたくて生きてるんだ。
可能な限り助けられる命は助けたい。
捨てられるのも、捨てるのも嫌なんだ。
例え、これからどれだけ厳しい道でも歩みは止められない。
馬鹿だって、愚かだって、言われるだろうね。
それでも、怖くて手が出せなかったからって迷った結果、それで後悔だけはしたくない。
だから、私のやる事は一つ。村長さんを説得する事。必ず成し遂げて見せる。
少女は己の決意を固める。
他人の為に。
もし、人間か、魔物か。何方かしか救えないとしたら何方を選びますか?
イヴ→どっちかなんて選べない。だから、どっちも救う。
アイ→どうでもいいです。敢えて言うなら、クロ。いえ、イヴの選んだ方で。
フユ→人間?かな。特に魔物がとか、人間がどうとか考えた事ないや。まあでも、お世話になった人もいるから。
以上。それぞれの答えでした。
結構偏りましたね。