二百十話 歩み寄り
気付いたら、なんか固まってた。魔物もミュエラも。私を見詰めたまま。
うん。気付いた。私は偽物だと思ってたけど、違ったんだ。‥‥‥だよね?
私は全てを受け取っちゃったんだ。今はその結果だ。
ちょっと色々と、記憶の整理をしたい。なんだけど、魔物が目の前にいるから、それは後かな。
空気?を読んでくれたのか、白蜘蛛は私達を襲わなかった。隙だらけで、格好の的だったのに。
私は何故かその事実に対して、お礼を言ってしまった。なんとなく感謝しないといけないと思ったから。
「待っててくれてありがとう?蜘蛛さん」
どうせ返事なんて返さない。返しようが無いとおもっていたが、その時の白蜘蛛は、まるでお辞儀をしているかの様に見えた。
確かに頭を下げた様にも見えたし、こちらを見つめる白蜘蛛さんの目には、戦意が写っている様には見えない気もする。
威嚇らしき物を始めたが、それが挑発とは思えず、何とかして意思の疎通を図ろうとしてるみたいだ。
「え?何?」
勿論理解出来る訳では無い。問うても意味は無い。
白蜘蛛さんはジーっとこちらを見る。
そして前脚をこちらで指し、その後自分を指す。
その行動がいかにも感情を示そうとしている風に映る。
いや?
手招きをして、挑発してる様にも見えなくは無いかもだけど。
かかってこいやおらあ。的な?
「えっと?」
何か伝えたい事があるのかもしれない。
そうだとしたら、なんとかして相手の考えを読まないと。
そう、私が思った瞬間。
白蜘蛛さんは自らの前脚で、恐らく目を突き刺した。若干遠目だったから、反応は遅れたけど、多分間違い無い。
当然白蜘蛛さんの血が流れるし、片目が潰れてしまった。
「な、何してるの!?」
思わず動揺してしまい、慌てて走り寄った。
私は大変な怪我だと思い、その瞬間に治癒を試みようと考えていた。
近寄ったのも、治さなきゃと思ったから。
危険など考える事を忘れてしまった。ここは私の悪い癖かもしれないし、後々反省する所だ。
まあこの白蜘蛛さんは、私を襲うつもりは無くて、私の魔法を受け入れるんだけどね。
「馬鹿!どういうつもりなの!」
私はプンスカ怒って、怒りながらも治療を開始した。
白蜘蛛さんは、私の言葉に逐一謝っていた。何となくそう思った。そんな感じの反応。
「治せるから良いけど、絶対とは限らないんだからね!?」
私は文句を言いながらも、蒼色の魔法で白蜘蛛さんの右目を治した。
今回の治療は上手く行ったけど、毎回確実に、全部が治るとは限らないと思っている。
だからこそ怒った。
「全くもう。急に右目を突き刺してさあ、危ないよ」
怒っていたが、すぐさま怒りは消えた。
私は確か怒りっぽかった気がするが、何故か今回は、一瞬で怒りが解けて消えていった。
「ん?右、目?」
声に出して気が付いた。
もしかして。
そう思い、私の右眼に魔力を込める。
そして、白蜘蛛さんを見た。
【ハジメマシテ。魔物ノ王ヨ】
白蜘蛛さんのすぐ近くに言葉が浮かんでいる。
余りの衝撃に私の思考は固まった。
【ナントカシテ、会話ヲスル方法ヲカンガエマシタガ、コレシカナイトオモイ。目ノ治療感謝シマス】
微妙に読み難い。
けど、まさか本当に白蜘蛛さんの言葉なのだろうか?
「あの?」
【ハイ】
「私の言葉は理解出来てるの?」
【当然デス。シカシ、ワタシハシャベレマセンノデ】
「他の魔物は、蜘蛛さんの様に言葉が理解出来るの?」
【ホボ不可能デス。ワタシハ偶然デス】
「そうなんだ」
【アナタサマカラ念話ヲココロミレバ可能カモ。シカシ、ホトンドハ念話ヲウケトレズ、ソモソモ知能ガナイデス】
白蜘蛛さんが色々教えてくれた。
私と魔物が会話を出来る事は初めて知った。
これは忘れていたのでは無く、初耳なのだ。
思い出した事の整理をしたいが、今はそれどころじゃ無くて、頭がパンクしそうだ。
私は悩んだ。物凄く。
すると、ミュエラが飛び込んで来た。言葉を発しながら。
「この、魔物。ルビーから離れなさい!」
私と白蜘蛛さんの間に割って入るミュエラ。
白蜘蛛さんを悪い魔物だと勘違いしている気がする。
なので私は、その誤解を解こうとした。
「ミュエラ。大丈夫だよ。襲われてないし」
「アンタを誘き寄せて、油断を誘っているのよ!」
「いや、それは」
流石に無いでしょ。
もう既に私は油断してるんだし。
心配してくれるのは嬉しいけど。
「襲うなら私にしなさい!」
白蜘蛛さんに挑発するミュエラ。
いやまあ。これは挑発なのだろうか?
【エルフ。良質ナ魔力。オイシソウ。ジュルリ】
「だ、駄目だよ!?」
白蜘蛛さんはエルフの血が好きらしい。
【ハ!失礼シマシタ。ツイ】
全く油断も隙もない。
早くミュエラの誤解を解かないと。
このままだと、大変な事になりかねない。
「大丈夫だよ」
「アンタは警戒心が無さすぎるのよ!」
「いや、そうかもしれないけど」
「それとも何か、信用出来る理由でもあるの?」
よし。全く話を聞かない訳では無い。
それならなんとか方法がある筈だ。
うーん。‥‥‥よし。
私は閃いた。
そして、白蜘蛛さんに言い放つ。
我ながら素晴らしい方法だと思った。その方法とは。
「お手!」
空気が沈黙した。しかし、白蜘蛛さんは優しかった。スッと私の手のひらに、前脚を置いてくれた。
お陰様でミュエラは納得してくれたと思う。
私達を疑う様に見比べてたけどね。
まあその、疑うっていうのも、あり得ないって感じの反応だった。
ちょっと前までの敵を見る目じゃ無くて良かった。私はその目が嫌いだから。
乙女の読心の下位互換ですかね。アレは対人戦用です。
乙女の力は魔物の心は読めないので、完全にそうとは言い切れませんけどね。
とは言ったものの、魔物は殆ど知性を有していないので、いわば死にスキルという奴ですが。
そもそもが知性を持っていてかつ、相手に会話をするつもりが無ければ役立たずです。
ほぼほぼ役に立ちません。残念な事に。