二百八話 長閑な
近隣の森へと赴き、周辺の探索を開始した。
今回村長さんから依頼された仕事は、緊急を要するものでは無いが、懸念すべき不安程度だと聞いた。
聞くところによると、森の魔物に襲われた村人もいるが、どうにも殺された訳で無く、気が付いたら森の中で眠ってしまっていたとかなんとか。
その村人さんは、確かに襲われた事は自覚しているのに、殺されなかったからまあ良いか?と思ったらしい。
一応不安は感じたものの、特に報告をしなかった。この人が第一被害者。
それから何人かが襲われたと報告して、幾人からの情報で、漸く明るみになったという事だ。
知れ渡る前のそれは単なる噂話として。
「こんな事があるんだよー」みたいな。
もうその時点で、私としては意味がわからなかった。
「いや、報告しようよ」
思わずツッコんでた。
「まあ、そうなんですよねえ」
キュイさんが苦笑いしているのを思い出した。そして続ける言葉に更に呆れてしまう。
「殺される事無く解放してくれるのなら良いかと思いまして」
「ええー」
「アンタ達呑気ね」
「襲われた皆さんも、手が少し腫れてる程度でしたし」
いやいやいや。襲われたのならどうにかしないと。腫れてるなら被害は一応あるんだし。
結局どうしたいのかわからない。
つまり、討伐して欲しいのか。
それとも、放置で良いのか。
ミュエラも同じ事を思ったのか、私の代わりに聞いてくれた。
「で?どうすんのよ」
「はい。判断はお任せします。報告だけ頂ければ」
「うわあ」
適当だ。思わず声が漏れちゃったよ。
私達はどうしたいのかを聞いたのに。
「し、仕方無いではありませんか!?魔物については僕も疎いのですよ。それに、その、御二方は戦えるのですか?」
若干疑わしげに見つめるキュイさん。まあ、私たちが戦える様には見えないよね。小さいし。
って、誰がチビか!?
まだ伸びるんだ。‥‥‥伸びるよね?不安。
私は一人でボケとツッコミを担当した。
勿論誰も笑わないよ。私にとって面白い訳でも無いし、誰も聞いていないからね。
おっと。それはそうとして、キュイさんの質問に答えないと。
「当然よ!」
自信満々に言い切るミュエラ。
私はと言うと、あまり自信は無い。
「一応?」
私はそう言った。
キュイさんは安堵した雰囲気だ。
「成る程。エルフは魔法が得意と聞きます。では、よろしくお願いします」
「任せなさい!」
すごい笑顔でドンと胸を叩く音。柔らかい音は無し。
それは別にどうでも良いんだけど、キュイさんは私にはあまり期待していない感じ。
いや、良いんだよ?
ただ、それはそれでなんか釈然としないよね。
うん。過度な期待は嫌だよ?でも、うーん。
なんと説明したら良いのか。難しい。
まあどうせ?私は弱そうだし。
なんとも言えない感情の中。
生い茂る草をかき分け、魔物を探している。
草木が邪魔で、結構歩きづらい為にテンション低めの私。
逆に何故かミュエラは気分良さそう。心なしか鼻歌も聞こえる。
「あぁ、森って良いわね!」
「は?」
「ルビーもそう思うでしょ?」
「‥‥‥うん?」
「やっぱりそうよね!?」
私は首を傾げたつもりだ。なんなら、この人何言ってるの?状態。なのに肯定したみたいになってるし。
うん。なんか会話が成立してない気がする。まあ良いや。なんか面倒臭いし。
今のミュエラは多分とんでもなく面倒臭い。
エルフは森が好きなんだね。初めて知ったよ。
と言うか、油断してたら、なーんて、そう思ったその時。
「にょわー!?」
なんか吊り上げられた。
油断してたからね。仕方無い。
紐?かな。足が上を向いて。あ、見えちゃいけないものが。
「ちょっと!?何よコレ!降ろしなさいよ!」
ジタバタと暴れるミュエラ。
あぁ、もう。隠そうともしないで。私が女じゃなかったらどうするつもりなんだろうか。
一応、忠告しとく?
「ミュエラ。あまり暴れたらはしたないよ」
私は遠回しに伝えた。
「は!?ちょっと!見ないでよ」
「いや、見えただけだし」
別に見ようとして見た訳じゃ無い。
偶々。そう、偶然だ。
「それよりも助けなさいよ!」
「あ、確かに」
うんうん。怒りながらも冷静なミュエラ。
恐らくこれは、魔物の攻撃だけど余裕そうだね。怒る暇があるみたいだし。
おっと、助けないとね。
さて、あの紐斬ろうか?
私は白い紐に狙いを定め、肉薄して断ち斬る。
本当は龍技の【突翼】でも良かったけど、ミュエラに当たったら怖いから、直接斬る事にした。これなら万が一にも間違いは起こらないからね。
そして、結果ミュエラは解放され地面へ。
勿論。顔から。
「ぐえ」
「あ、ごめん」
やってから気付いた。
それはそうなるよね、としか言いようが無い。実際には、斬った後に助ける事も出来たんだ。
「助けるならもう少し丁寧にやりなさいよ!」
怒られた。
いや、うん、まあ、その。
申し訳ないとは思ってるんだ。
それよりも。
「お出ましね?」
「みたい、だね」
のそりと近付く魔物の気配。私達はある方向を見つめた。
そして姿を現す魔物。
「ヒッ!?」
目にした瞬間。引き攣るミュエラの顔。
そこに現れたのは全長5メートル程のサイズの白い蜘蛛。とても森には似つかない色合い。
不気味な蜘蛛。それはとっても大きな蜘蛛だった。