二百七話 当たり前
早速朝食のお礼を言いに来た。
食器を手に適当に彷徨えば、目的地のキッチンへ辿り着いたのだが、キュイさんはいなかった。
村長さんなので忙しいのだろう。取り敢えず食器を洗おうと思ったけど、微妙に高さが足りていない。
もちろん私が小さいのではなく、シンクが高いのだ。
なので仕方無く踏み台を借りる事にする。
そして水音が聴こえたからなのだろうか?キュイさんが出て来て私に言った。
「おや?置いてくれるだけで良かったのですが」
「いえ。ご馳走になったので」
せめてこれくらいはと思い、食器を洗う。食器を洗う事自体は大した事では無いし、ここで図々しく食器洗いを任せる事は、私には出来ない。
「しっかりしていますね」
なぜか褒められた?のかな。
まあそれはそれとして、丁度ミュエラも食器を持って来た。なので私はついでに、ミュエラの分も洗おうと思い、ミュエラの持っている物を要求する。
「それ、頂戴」
「あら?良いの?」
「うん」
「そう?なら任せるわね」
一連の流れを見ていたキュイさんは、私達に疑問が出来たのか、質問を飛ばして来た。
「姉弟ですか?」
「え?あ、えっと」
ミュエラが戸惑ってる。
私の事を知っている筈のミュエラ。勿論同性だという事を。それで戸惑っているのは、私の事を隠そうとしてくれているからだと思う。
かつて、ミュエラの前で仮面を着け忘れてしまっていた。一度タガが緩んでしまえば、そのままズルズルと行ってしまった。最早隠そうともしてない。
今は仮面を着けているので、キュイさんには、私が男の子に見えているらしい。
顔を隠して言動にさえ気を付ければ、私の変装は完璧なのだ。その事を再確認した。
「弟です」
嘘を重ねた。
本当は包み隠す必要は無い。そう思っているけれど、ミュエラが隠そうとしてくれたし、本当の事を言う必要性も無い気がする。
ただ、バレちゃった時に良い印象にはならないだろう。但し、私の顔はとにかく目立つ。だから、求められない限りは隠し通したい。それの方が楽だろうから。
実際はそれのせいで苦労するのかもわからないけど。
「姉です」
「そうでしたか。しっかり者ですね」
「えへへ。そうなのよ」
「リュミトリアさんが照れるのですか」
談笑が背後から聞こえる。
洗い物中の私には見えないけれど、多分ミュエラが笑ってるんだろうな。そんな声音。
ぐぬぬ。見たいのに。笑顔。
私は急いで洗い物を終わらせたのに、振り返ったらミュエラは、もう既に普通の顔に戻ってしまってた。残念。
「終わった」
「ありがとうございます」
キュイさんにお礼を言われた。だが、お礼なんてとんでもない。私としては当然の事をしたまで。
だからこそ、寝床を与えてくれた恩や、ご飯をご馳走してくれた事へは、なんとかして感謝を伝えたい。言葉では無く行動で。
「お願いがあるんです」
「ん?僕にですかね?」
「ご飯作りを手伝いたいです。良ければお昼とか、他にも色々」
「ふむ」
私のお願いを聞き、悩み始めるキュイさん。
難しい顔をしているので、私は不安になってしまう。
断られたらどうしようかと思った。
でも、そんな考えは杞憂で、キュイさんが表情を崩しながら答えてくれた。
「よし。わかりました。良いですよ」
「本当?ありがとう」
「いえ。こちらこそ」
良かった。受け入れてくれた。これで、私の作戦はひとまず実行に移せる。
後はキュイさんの舌を唸らせるだけ。
「そうそう。お願いと言えばなのですが、近くの森を調べて欲しいのですよ」
途端に思い出したかの様に、キュイさんからお願いが飛び出した。
多分これが恐らく、昨日言っていた依頼だろう。そう考えていると、キュイさんが続ける。
「どうにも魔物がいるらしいのです。村人の間で噂になっていて、お恥ずかしながらこの村に戦える者は居らず」
苦笑いしながら、両耳が垂れるキュイさん。
なんとなく、しょんぼりしているみたいな。
「村長さんは獣人でしょう?」
ミュエラが不思議そうに訊ねる。
獣人が何か関係あるのだろうか?キュイさんが落ち込んでいる事と。
「僕も戦いはからっきしで。とは言え村長として対処しない訳にもいかず、あなた方達旅人に頼むのは気が引けるのですが」
何故そんな困った顔をするのだろうか?
調査ってあれでしょ?調べるだけなのだから、危険は無い筈。魔物が居たって脅威では無いし。
あ、でも「私にとっては」か。成る程。
まあ、お安い御用だよね。それで恩が返せるならやりたい。
私としては、てっきりもっと無理難題を押し付けられると思ってたから少し拍子抜け。
「ふーん?珍しいわね?」
ミュエラが言う。何故珍しいのだろうか?
どうしても気になった私は、ミュエラに質問をした。
「どうして?」
「ん?あー、獣人種は戦闘を得意とする種族なのよ。私達エルフはそう思ってたし、その様に印象付けてたから」
「ふんふん」
「はは。僕は戦いが苦手なのです。他の獣人には、よく馬鹿にされましたね」
自虐風に言うキュイさん。
垂れてた耳の半分はいつしか、ペッタリと全部床の方を向いていた。
これは結構失礼な事を聞いてしまった。私の胸がチクリと痛んだ。
そして、なんとか詫びたいと思った時。
「ルビー?どうする?」
ミュエラが私に質問する。笑いながら試す様に。
だが、私の心の中ではもう決まっている。
だから、私がこう答えるのは当たり前の事だ。
「やろう」
「了解よ」
私達は同時に頷く。ご飯の恩を返す為に。