二百六話 一宿一飯
村長さんの家で一晩を明かした。食事も用意してくれて、かなりの好待遇だった。
それのせいなのか、思わず考えてしまったのが「もしかして、無茶苦茶な依頼を押し付けられるのでは??」という事。
確か昨日村長さんが、食料などを与える代わりに、依頼を受けて貰いたいとかなんとか。
こうやって恩を売り付けて、断れなくしてしまうんだ。私は知ってる。何かで見た。
そんな事を朝から考えながら、ミュエラと一緒に布団を片付けていると、村長さんが来た。キュイさんといったっけ?
そのキュイさんは何かを持っていた。
「どうぞ。朝食を持って来ましたよ」
なんと朝ご飯を用意してくれたらしい。
そのメニューは、パンとサラダ、後はお肉?だった。多分塩漬けの肉だと思う。
「あ、これは態々どうも」
ミュエラがお礼を言ったので、私もそれに続く。
「ありがとうございます」
「いえいえ。お客さんですからね。どうぞごゆっくり」
キュイさんは、笑って部屋から出て行った。
思わず私は訳がわからなくなって、首を傾げる。
なぜこんなにも良くしてくれるのだろうか?
旅人である、他人の私達に。
いや、まだわからない。油断した頃にこう、ズドンって落とされるんだ。信じちゃダメだ。
そうだよ。私が油断したら、ミュエラに何が起こるか分からない。だから、私は信じない。
キッと瞳を尖らせて、大切な人を見つめる事で決心を固めた。
仮面のレンズに映る、ミュエラの不思議そうな顔。私を見ていた。
そして、私に質問をする様に話し掛けて来た。
「食べないの?」
問われた。けど私は思考した。
食べる。でも、毒があるかも。私達を嵌めようとしているかもしれないから、有り得ないとは言い切れない。
あ、でも毒は効かないんだっけ?私には。‥‥‥うん。はい。
そう言えば、昨日食べた物も美味しかったな。
‥‥‥いや、そもそも毒を入れるなら昨日で良いじゃん。
いや!待てよ?ミュエラには毒が効く筈。
だとしたらマズい!
ハッと閃いた瞬間。ミュエラを見た。
すると、もう食べ始めてた。そして私の視線に気付いたのか、ミュエラは笑いながら喋る。
「美味しいわよ?」
その笑顔は輝いていて「早く食べないの?」と、言っているみたいだ。
なんだか急に私は考えるのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。
着けていた仮面を外して、私は食べ物を手に取って頬張る。
「美味しい」
思わずそう言っていた。
久しぶりに美味しい物を食べた気がする。
そう、久しぶりにだ。ただのパンの筈なのに。とても美味しく感じた。
つまりそれほどミュエラの‥‥‥ごほん。
いや、ここのご飯が美味しいんだ。きっとそういう事なんだ。決してミュエラのご飯が不味い訳じゃ無いんだ。うん。これ以上はいけない。
思わず早口になってしまった。
すごい笑顔のミュエラ。
とても言えないよ。うん。考えちゃダメ。
「美味しいわね。私のご飯に引けを取らないくらい」
「え゛!」
「ん?どうしたの?」
「え?あ、いや、その」
「ひょっとして口に合わない?私が作った方が良いかしら?」
「ああ!?いや!美味しいな。あはは」
私は作り笑いした。
私がつい、この前作ってくれたミュエラのご飯について絶賛しちゃったから。その時から作って貰った手前文句も言えず。
いや、食べながら思ってたけど、私の方が料理が上手い気がしてならなかった。
まあ何にせよ、美味しいと言ってしまったので、それはもう嬉しそうに作ってくれるんだ。
そもそもの食材の鮮度が違う。キュイさんが使っているのは、この村で作った物だと思われる。
パンにしても、保存をあまり考えない代わりに、味を重視して作っている筈だ。それはこの村で作って、この村で消費される前提だから、手を込める事が出来る。
それに対して、ミュエラの食材は、携行食なのでどうしても味は犠牲になってしまう。カチカチだしね。
だから、料理の腕の差というよりも、食材の差だと思うべき。
ただ、一つ思う。
多分。同じもの使っても‥‥‥うん。
美味しいのは美味しい。愛情が込もっているんだろうなとはなんとなく思う。
ミュエラの笑顔を見ながら食べるご飯は格別。それは間違いない。
でももうちょっとなんとかなる筈だ。
私の為に作ってくれるご飯はとても嬉しいんだけどね。
贅沢だというのはわかってるんだけどね。
料理してる時のミュエラは少しおぼつかない。分かりづらく巧妙に隠している様に見えるけれど、あまり料理は手慣れていない気がする。
いつも自信満々なのに、包丁を持った手が震えてるし、何より包丁が綺麗すぎる。まるで、買ってから殆ど使っていないのかもしれない。
まだわからない。毎日丁寧に手入れしているのかもしれないから。あのダガーナイフも綺麗だし。道具は大切にしているんだろうね。まあ包丁は一切磨り減ってないけどね。
別にミュエラの料理が下手だなんて言ってない。
そう。私はただ、ミュエラにご飯を作ってあげたいだけなんだ。あわよくば、料理番を奪おうなんて思ってない。
毎日ご飯を振る舞いたいんだ。ミュエラの為に。いつもお世話になってるし。他意は無い。
よし。そうと決まれば、キュイさんに私の料理の腕前をアピールして、キュイさんに料理を作る事で間接的にミュエラにも振る舞える。
うんうん。そうすれば自ずと恩も返せるし、料理番も自動的に。
とすれば、ご飯のお礼を返す為に、料理をさせてくださいと頼めば良いかな?
こ、これは!?妙案なのでは!?
閃いた私は行動を開始する。
景気付けの朝食を摂り、作戦を決行する為に。悪い笑みを浮かべながら。それとは真反対の行動原理に従って。
このエルフ。結構なんでも食べます。
味覚は‥‥‥サバイバル慣れしてますので、割となんでもいけます。
育ちは良いんですよ。育ちは。だからなのかもしれませんが、料理は
「うるさいわね!?冒険者で料理する人なんていないんだから仕方ないでしょ!」