二百四話 無垢な力
町を抜け幾日。
どこかへ向けて歩いては野宿を繰り返す毎日だった。勿論特に変わった事は起こらない。所謂日常的な日々。
そんなある日の真昼間。
ふとミュエラは足を止めたので、私も歩きを止めて休憩の準備をする。話さなくても分かる様になった。何をするのかを。こう毎日繰り返していれば。
そしてこれから言われる事も毎回決まっている通りだ。
「アンタ、本当に何も考えてないわよね?」
呆れる様な声音。「馬鹿にする」と言うよりは怒ってるって感じかな。それに返答する私。
「まあ、うん」
何故ミュエラに叱られているのか?
それは、私が何の準備もせずに旅に出た事に対してだ。その事は勿論理解している。理由を説明されなくても。
「アンタ、私が居なかったら死んでたのよ!?」
その通りだ。叱られて当然。
飲食物は疎か、衣類や簡易住居つまりはテント等を一切用意していない。だからミュエラの言ってる事はとても正論。反論の余地は欠片程も無い。
なので私は、うんうんと頷いた。
しかし、当然なのかみょいーんが始まる。
「アンタね!?わかってるの!?」
怒られているのだが、私はつい嬉しくなってしまう。それもその筈。根源は親切心であり、私の事を想って怒っているのだ。嬉しくない筈が無い。
「えへへ」
私が頬を伸ばされながら綻ばせると、私の予想は外していなかったのだが、ミュエラにとってはよろしくない反応であった。
引っ張る力が強くなり、私は思わず声が出てしまう。
「痛たた」
「怒ってるのに喜ぶのはどういう事よ!?」
理由を問われてしまった。なので、私の思った通りの答えを出した。
これが言い訳になるかどうかも考えずに。
「私の事を想って怒ってくれてるから。その、嬉しくて。ミュエラは優しいなあって」
私はそう答えた。
その後に「ミュエラ大好き」とも付け加えた。
どうやら効果はあったみたいだった。
ミュエラは無言で、私のほっぺを弄び始めた。
こう、なんと言うか、丹念に押し込む様な引っ張る様な。勿論痛くはない。どっちかと言えば優しい感じ?かな。
ミュエラは、私のほっぺを見ながらブツブツと何かを呟いている。
「どうしたらこんなにモチモチになるのかしら?ルビーの笑顔が可愛い過ぎて、手が離れるのを拒んでしまうかの様な。それに、不思議な魔力も有るみたいな」
大事な事を考えているらしい。あの地竜を目の前にした時くらい真剣な瞳だ。
うん。そっとしとこう。何か大事な事を考えてるみたい。集中してるみたいだし、無理に抵抗するのもアレだし。まあ、嫌じゃないし。
むにむに。ぷにぷに。みょーん。ぐにぐに。
ひたすらに弄ばれ、結構な時間が経った。
私はそろそろ飽きてきちゃった。だから放して。
そう思い少し首を振ると、私の不満を察してくれたみたいで、ミュエラは慌てて手を放した。
「は!?ご、ごめんなさい。ルビー」
「むう。触り過ぎ」
私はミュエラに注意した。
ちょっとなら良い。でもあんまりずっと触られるのはなんか嫌。
なんとなく流されてしまうみたいで、照れくさい。
「つい、抗えなかって」
大体良いとは言ってないんだ。
それなのに、ミュエラはずっと触ってた。抗えないって何?
それってあれだよね?ミュエラの意志が弱いだけだよね。
「ぷん」
私はそっぽを向いた。
謝ったって許さないもん。私じゃなくてほっぺが好きなんだもんね?
ミュエラなんて知らない。
どうしてか怒りの感情が湧いてしまった。
その理由は自分でもわからない。
いや?私だからわからないのかもしれない。
しかし、ミュエラが私の頭に手を置いてしまった。
「良い子のルビー。許してくださいな?」
丁寧な言葉と共に私を撫でる手。
見え透いたご機嫌取りだ。わかってる。
私は答える。
「うん」
勿論許した。
意志が弱々な私は許しちゃう。
そして、私は溶けてしまう。
「優しい良い子ね」
「ん」
「本当に甘えん坊ね」
「うん」
「こんなに可愛いんだもの。それは面倒を見てあげないといけなくなるわよね?」
「うん」
「ちゃんと聞いてる?」
「ううん」
「そ、それは聞いてるのか聞いていないのか、わからないわね」
言うまでもなく聞いていない。
半分無意識。つまり正確な判断力は無いに等しい。
そんな私の考えが読めているのか、ミュエラは喋る。
「この子。こんなで大丈夫かしら?放っておいたら誘拐されないかしら??」
ミュエラが何かに対して悩み始めた。
しかし、私の耳は音を聴くのを止めてしまった。
まあそれはしょうがないよね。つい、私はふわふわに流されちゃうんだもの。
偶に覚えてる時はあるけどね。うん、半々くらいで。
でも良いんだよ。ミュエラが優しいから、私は疑ったりなんてしないもの。
だから、このまま。
私は相変わらず成長が無い。
物を得てはすぐに捨ててしまう愚かな龍。
大切な物が何なのかもわからない。
やっては駄目な事も理解出来ていない。
それでも私はやるしかない。
目標が見えなくても、どんなにつらくても、ミュエラと一緒なら何だって乗り越えられる。
私は暖かい感情に身を任せ、一時的に理性を捨てる。左目が青く美しく輝いた事に気付かぬままに。
外伝の方に【外伝二話】を投稿してます。
どんな話か‥‥‥是非読んで頂ければ幸いです。