二百一話 迷い子
九章です。
タイトルは‥‥‥楽しい旅にします!(未定)
湿った空間を抜け、再び静寂が訪れた。
淀んでいた魔力はいつ頃からか、不快な雰囲気が消えていた。
この迷宮に入った時には、私にまとわりつく様な、べったりとした、例えるならヘドロみたいな物の様に感じていた。迷宮に入った瞬間は気付かなかったが、恐らく誰かが迷宮のボスを倒したからだろう。
何故明確に言い切らなかったのかというと、私がやったのか、それともフユがやったのかどうかを覚えていないから。
そして、ミュエラも私が気絶させたから、結局真相は闇の中。
ある意味覚えていないのは好都合かも。
恐らくこの後、ミュエラが落ち着いたら問い詰められる。
私が事態を知り過ぎていると誤魔化しきれなくなるから、対策すべき物事は少ない方が処理し易い。考える事は苦手だから。
今のうちに言い訳を練らないといけない。
仮面も何故か外れていたし、着け直すのを忘れている。
しかし、【龍神化】を扱うのは難しいね。
どんな能力なのかも結局判らず終い。【龍化】みたいに、姿が変化するのだとは思うけど、何せ記憶が無い。
使うタイミングは限られてくる。記憶を失うなら、絶対に負けられない戦いでしか使えない。
ただ、不思議なのは、私の意識はどうなっているのか?無意識なのか、それとも。
どちらにせよ、記憶が残っていないのなら無意識だと仮定して、何か取り返しのつかない事をやってしまう可能性だってある。
一つわかった事はあって、フユが私を発見したのは、多分この力の所為。【黒禍】をすり抜ける程の力だという事はなんとなく理解した。
尚更使用不可だ。
もし、仮に意識があったとすると、私自身に仮面を外す意図があったとか?考え過ぎ?かな。偶々外れただけなのだろうか。
それよりも、ミュエラへの言い訳を考えないと。
そう考えたからだろうか?遂に、ミュエラから言葉を投げかけられた。
「ルビー?」
「何?」
「あれで良かったの?」
あれ?何のことだろうか。
「あの、白い人」
「フユの事?」
「そう」
フユ。正直よくわからない。わからないから考えるのを後回しにしていた。
「随分と仲が良さそうだったのに。泣いていたのに」
フユは泣いていた。それは誰に対して?
フユが私を、騙し討ちしようとしていたのだと思ってる。泣いていたのは演技。
みんな待ってるって?
それは、私ではない誰かだ。
「何があったの?」
「‥‥‥」
「話しづらいのね?」
「うん」
「あなたは嫌いなの?その、フユさんを」
「わからない」
本当にわからない。敵の筈。
何もわからない私は、フユの事を信頼してた。
でも今は、知ってしまったから。
「誤解の可能性は無いの?」
「‥‥‥わからない」
「それなら!」
ミュエラは何かを言おうとした。
でも、私はそれに被せる。
「命を、狙われたから」
「そ、それは」
「信じてた。でも、わかんないよ」
嫌いじゃない。でも、騙すのも、騙されるのも嫌だ。だから、突き放した。
私はこの方法しか思い浮かばなかったから。
自分で選んだんだ。この道を。
脆い私の感情が揺れ動き、それを隠す為に仮面を着ける。
声だけであれば、感情を悟られる事は無い。多分。
「そうなのね。ごめんなさい」
謝られた。
正直、こんな事は中々他人には話せない。だから、聞いてもらって少しだけ楽になった気がする。
ずっと1人でウジウジ悩んでいたから。
やっぱり、ミュエラは優しい。
「どうしたら良いんだろうね?」
「難しいわね。ただ、本人と話し合う方が良いかもしれないわ」
「危険なのに?」
「そうね。だから第三者、つまりは護衛を挟んでね」
「無理だよ」
「あら?何故?」
言って良いものだろうか?
フユが白龍だという事を。もうここまで話したし、言っちゃおう。守秘義務なんて無いんだから。
「フユは龍。白龍。黒龍様の眷属」
私がぶっちゃけた。
当然ミュエラは驚いた。
「そ、それは、そうね。難しいわね」
「うん。殺されなかったのが不思議なくらいだよ」
「あなたを倒すつもりは無かったみたいだものね?」
「黒龍様の命令だろうね。恐らく」
「アンタ何者よ?」
ジトーと見つめるミュエラ。
私自身もわからない。黒龍であるという事以外は。
「わかんない。ただ、また来るかもしれない」
「そっか」
ミュエラは悩み始めた。
逆に私はスッキリした。この勢いだと話してはいけない事まで言っちゃいそう。
まあ、既に結構話したけど。
私は単純だ。だから騙されたのだろうか。
仕方ない。もう、戦うしか無いなら、進むだけ。例え、1人だけでも。
「ルビー?」
「ん?」
「あなたの名前。イヴなの?」
「どこでそれを?」
「フユさんがそう呼んでたわ。あなたを」
「そうだっけ。まあ、うん。イヴだよ」
「何かで聞いた覚えがある様な?」
「えっとー、うん」
「思い出せないわね」
身分、バレちゃうかな?嫌だな。
関係が変わっちゃうかな?はあ。
全てを話したら楽になるだろうか?
もし全てを話したとしても拒絶はされないだろうか?
結局話せる事は少ない。だからまたウジウジと悩む。これをいくつも繰り返す。負の螺旋から抜け出せぬまま。
時折、差し伸べられた手に気付けぬまま。
自分への認識もズレていて、他者へも同様。
偉い人は言いました。
彼を知り‥‥‥云々。
そんな状態では、何も見えなくなってしまいます。
いかに天才であろうと、情報が錯綜していては、その才が輝く場所を失ってしまいます。
だからこそ、己の感情の矛盾には気付けないのかも知れませんね。
仕方がありません。未だ未熟で半人前なのですから。