百九十八話 また会う日まで①
「ここは、何処だろうか?」
現実味の薄い空間を視界に捉え、目覚めて早々に喋った。
ここが現実なのかも曖昧。ただ、少なくとも、今この場に大切な人は居ない。
かつて「現実」の中で親友と過ごした日々。そこには確かに存在していた。
今は夢の中ではない。それは理解していて、それでも今を疑ってしまう。
現実の筈なのに、また見失った。手放した。
何度も見た夢。それは全然思い通りにはならない。
夢ならなんでも上手く行くだなんて嘘。
だって、嘘じゃないなら、どうして私は夢をいつも見るのだろうか?上手くいかなかったあの夢を。
夢の中。
初めて会ったあの春から数ヶ月。
梅雨の時期。その頃から親友のお家が学校に近いから、よく入り浸ってた。
雨が急に降って来ちゃっただなんて言って、ムリヤリ理由を作ったり、単に遊びたいって言ってみたり、勉強を教えてもらうだとかで、いつも頼み込んでた。
所謂親友は、鍵っ子だった。
ウチは家に帰れば母が居た。普通の家庭だったよ。
親友の家族は、夕方にはどちらかを見かけてたし、特に変な人達では無かった。
見た感じ、凄い家族仲が良いから、少しだけ羨ましいとも思ったかな?
いつもいつもお邪魔してたけど、親友のお母さんは歓迎してくれてた。お父さんの方はあんまり話した事は無かったかな?
晩御飯とかをご馳走して貰ったりした時に、自然と会話出来たから、ただ単に無口なだけなのかもしれない。
放課後に雨が降り始めた。
梅雨だってわかってるのに、また傘を忘れてた。
でも、私は笑ってた。この後の展開は知ってたからね。
ほらね?
予想通り、黒くて綺麗な髪を下げた親友が来た。そして、私に手を差し伸べてくれるんだ。
「また、傘忘れたの?」
「えへへ。うん」
「入る?」
「うん。いつも助かります!」
「良いよ。寄ってく?」
「そうしようかな。みーちゃん」
「ん」
いつもと変わらない日常。
私が毎回傘を忘れて、親友と相合傘になる。濡れちゃうからって密着するのもいつも通り。それを拒まず受け入れてくれるのも。
お陰様で、親友の家の傘立てには私の傘が置いてある。
結局車で送って貰えるから、私の傘は常に、親友の家でお留守番してるけどね。
帰る道の短い時間だけど、私達はどちらとも無く話し掛ける。
今回は私からだった。いや?いつも私か。
「今日は遅かったね」
「係の仕事」
「あぁ、ホワイトボードを掃除してたんだ?」
「うん」
「全く。先生がやれば良いのにね?」
そうだ。私達の大切な時間を減らさないで欲しい。
一分一秒だって惜しいのにさ。
「係の仕事だから。先生も忙しい」
「ええー」
「着いたよ」
「んぁ、そうだね」
私が応答したら、カチリと音がした。
親友が、通学用の鞄からカードキーを取り出して扉を開けた。
「早いよね」
「徒歩5分以内だからね」
「うん」
「先に行ってて。飲み物用意するから」
「了解!」
許可を貰ったから、親友の部屋のベッドに飛び込む。
見つかったら怒られちゃうかもだけど、背徳感が私を操ってしまい、ほぼ日課になってしまった。
スゥーッと深呼吸したらおしまい。悪い事をしてるって自覚してたから。
結局一度もバレなかった。バレたらどうなるんだろうって考えた事もあるけど、多分怒られない気がする。
部屋の扉が開いて親友が入って来た。
いつも心臓が高鳴ってるのに、辞められないのは病気なのかもしれないね。
うん。不治の病だ。病名も知ってる。
「リンゴジュースにしたよ」
「あ、ああ、うん」
興奮冷めぬやら応える。慣れない癖にいつもいつも。
「今週の提出範囲は大丈夫?」
「え?多分」
宿題の事だ。よくサボるから心配されてる。
親友のお陰で終わってるけどね。
「そう。なら良い。何かする?」
そう言いながら、本を広げる親友。
私の答えを理解しての行動なんだろうね。
「いや、特には」
いつも通り私はスマホを取り出す。
私はSNSばかり見てた。逆に親友は本を。種類は多様で、絵本の時もあれば、他人を殴って倒せそうな分厚いヤツまで。
私はやる事も無いのに入り浸り、時折視線を動かして親友を覗き見る。
笑った顔は見た事が無い。
だけど、集中しているのだろうから、どれだけ親友を眺めたって見つからない。
いつも同じ顔だけど、私は飽きない。
不思議だよね。飽きっぽい筈なんだけどね。私って。
ボーっと見つめてた。
油断した所為なのか、目が合った。
「何?」
「えあ!?いや、何でも無いよ」
「‥‥‥たまに見てるよね?」
バレてた。
「そ、そんな事」
「構わないけど、気になる」
見つめられた。
そんな顔で見られたら、ポロリと。
「あ、あの、綺麗だなって、その」
「‥‥‥そう」
ほんのり赤くなった。
もう既に落ちてたのにさ?そんな照れ方はズルすぎるよね。
「程々にしてね」
「は、はい」
拒絶しない所がまた面白い。
焦って頷いちゃったし。
ゆっくりとだけど、私達は心が通じていくんだよ。
親友がどうかは分からないけど、少なくとも私が思うには繋がってた気がする。
‥‥‥今は違うのだろうか?何も、分からなくなっちゃった。
今が夢なのかも。それすらも。
少しだけ現代を挟みます。
フユ視点の後、風人に視点が移ってから、次の章へ。