百九十七話 至るべき姿
ふつふつ黒く煮え滾る暗い感情。
私はわかっている。なぜ、今怒りを感じているのか。
存在を否定されているかの様な感覚。
私では無く、「龍」として。何をするべきなのか。
今までの私の理想を否定し、龍の存在意義をまるで決めつけるかの様で、人間を排除しようとする考え方。
それが嫌いで、理解したくない。
「龍は、人と戦わないといけないの?」
竜王に質問していた。
私の目的とか、役目を知らないから。
無知な私は知りたかった。縋りたかった。龍とは何かを。人と共に生きる事は出来ないのかを。
「そうだ。魔物と人は敵同士。迷宮の宝を餌にニンゲンを釣り、地竜を育てていた。なのに、貴様らは」
知っていた。どうせ、そう答えるって。
私の望んだ答えじゃない。
私は黒龍として生まれ、何がしたいとか、何になりたいとか、そんな物は無かった。
だけど、私は人間と戦いたくない。
私は人間に憧れていた。それは紛う事無き事実。でも、どうしたら良いのかわからない。
ぼんやりと、薄らとしか目標は見えない。
人間になろうとしても、私にはなれない。
人と人が楽しそうにしているのが、私にとってとても羨ましく思える。
だからだろうか?私は、龍という存在でありながら、人間が嫌いになれない。
私は人間では無い。でも、心のどこかで、私は「人間だ!」と叫んでいるんだ。
違うと理解はしている。
違っていても、私は人間を助けたい。
生まれてすぐ、沢山の人に助けてもらった。恩は返せていない。寧ろ、裏切った。
大切な人を裏切った。裏切られたのかもわからない。
ただ、私がやってしまった事は、間違い無い。
私に都合良く、記憶が消えてはくれないんだ。
そして、私は生きてる。沢山の後悔を重ねながら、今も。
ワガママな私は、自分勝手に戦う。
誰も私を見ていない。見えていない癖に。なんで、私はお前に決められなきゃならないの?
竜王如きが。私の何を知ってる?
龍になりたくて、なった訳じゃないのに。
「お前が、お前達が龍の何を知っている」
言った。言ってやった。
あぁ、清々する。
「なんだ貴様。私は竜王だぞ?ニンゲン如きが、図に乗るなよ?」
「そうだ。僕は人間だ。だから、お前らとは違う。僕を一緒にするな!」
うん。龍でありながら、人間。
都合の良い時だけ、成るだけ。
やろうか。大切なミュエラを護る為。
大切な人間を守る為。
ちょっとだけ、目を瞑ってて欲しい。
誰にも、見て欲しくない。
だから、
「ごめんなさい。ミュエラ」
私は先に謝っておく。
どうせ気付かれる事は無い。けれど、小さな罪悪感が、私自身を救う為に溢した。
そして、ミュエラの魔力核を一瞬停止させた。
多分。気絶する筈。
確証では無い、確証に近い感覚に従い、実行した結果、狙い通りになった。
ミュエラが眠り、私に体重がもたれ掛かる。
そっと抱き上げ、この部屋の入り口の側に寝かしつける。
何よりも大切だから、優しく丁寧に。
「何をした?貴様は不思議な力を持っているのか?思えば、入口をどうやって開けた?」
竜王が質問して来た。
答えても良い。でも、私は答えるつもりは無かった。
「さあ。ミュエラは寝たのかな?仕方ないから、僕だけでやるよ」
「逃げないのか?」
「なぜ?」
「弱者の癖に逃げを選ばないのは、愚かだ。それは勇気とは言わんからな」
「成る程」
「フン。追うのは面倒だから感謝しておこうか。弱き者よ」
未だに私を下に見た発言。
まあ、それはもう良い。気になる事があるから。
「一つ、良い?」
「良かろう。最後ぐらいはな」
「慢心。それで、竜王の1体が死んだんだと思うよ。お前みたいに」
私はここぞとばかりに、ミュエラ達を馬鹿にしていた仕返しをした。
勿論。怒っちゃった。表情が、見るからに怒りに震えてる。
「貴様。死にたいのか」
「やってみなよ?案外、勝てるかもわからないからね?」
あぁ、楽しい。
ドロドロと楽しい感情が湧き出てるのが分かる。
でも、良いよね。ミュエラを馬鹿にしたんだ。謝ったって、絶対に許さない。
私の方が強いんだから、何したって許される。
さて、この力を使うのは初めてだけど、私は知ってる。強いという事は。
さあ、行こうか?本気で。
私は宣言する。
昔と同じ覚悟。変化した力を。呼ぶ。
「龍神化」
1つだけ。誤算があった。
ここから記憶が、無いんだ。知らなかったよ。こんな力だったなんて。
少女の周りに赤い稲妻が迸る。少女を護るかの様な稲光。
優しい瞳の輝きは失われ、単純に眼の光が強く発せられる。赤色の双眸に宿る光は無機質な物で、目の前の敵を見つめている。
睨むのでは無く、見ているだけ。
「な、なんだ貴様は」
竜王は問い掛けた。
しかし、少女は答えの代わりに右手を差し出し、握った。
すると、竜王は倒れ、一瞬で灰へと変わった。
まるで何も無かったかの様に。
「さて、ここからか。まずは、フユに感知される様にしておこうか。うん。やるべき事を見誤らない様にしないと」
少女は灰には一瞥もくれず、唯一人で思考に耽る。
孤独が寂しいのか、独り言は続く。
「時間はあまり無いし、フユをどう説得するか。ミュエラをどうするか。しかし、なんで私って、思い通り動かないんだろ?アイちゃんの心労が分かるよ」
溜息を溢す少女。
考え事に集中しているのか、フワフワと浮かび始め、ゆっくりと回転している。
その内上下反転して、逆さ吊りに移行するだろう。
「私じゃない私をコントロールする為には、えっと?うーん。フユと喧嘩するとして、それから、竜聖国の統治は、まあ良いか。それから、全てを救う為には、フユと仲直りしてからかな?」
一回転してから後に空中で寝転び、そこら辺を彷徨う様に泳ぐ。
難しい顔をしていたが、ふと閃いたのか、地面に着地した。
そして、少女が仮面を外した時、1人の女性が現れる。
銀色に靡く長髪の女性。少女とは対照的な慌てた表情で、息を切らせていた。
少女は少し笑う。古き友人を見つめながら。