百九十四話 英雄の娘
魔力の膜を潜り抜け辿り着いたのは、予想通りボスが待ち受ける最奥の部屋だった。
そして、思わずそのボスが何なのかを理解した。
かつて、母に連れられ、後学の為に相対した竜。
母は地竜をたった1人で討伐した。
故郷であるエルフの里を守る為、たった1人で。
母は強かった。ヒトでありながら空を舞い、全ての攻撃を避け、幾度と魔法をぶつけ、地竜を撃滅した。
私達、エルフ族全員が無茶だと静止したのに。
おっかなびっくり、私の前に降り立ち笑っていた。
どうしてそんなに強いのか訊ねた。すると、
「大切なモノを護るため。いつか、ミュエラにも分かる時が来るわ」
私はその時、母に憧れを抱き、強くなろうと決意したのだ。
ルビーが前に立ち、何かを眺めている。
多分アレが気になっているのだろう。記憶通りならばあれは地竜だ。私は説明をした。
弟の様に可愛いその小さな少年に。
「アレは、地竜?かしらね」
「そうなの?」
知らなかったらしい。
まあ、それは当然だと思う。
里から出て、冒険者になってから竜という物の規格外さを知ったのだから。
逆に言えば、母はそれを倒したのだから、もっと規格外だが。
いや、やれるんだ。母が出来たのなら私も。
到底勝てるとは思っていない。
でも、やるしか無い。もう、戻れないのだから。
私は言葉にして宣言する。
「まあ、やるしか無いわね」
「勝てるの?」
不安なのね。私もだけど。
この子の前では弱気は見せられないわね。
無理だなんて、とても言えない。
今更だけど、私って馬鹿ね。
私が自虐していると、ルビーが何かに向かって話し掛けた。
私には見えていなかった。男性が現れた。
ルビーには見えていたらしい。
不思議な子。魔法?かしら。
どうやって見透したのか。わからない。
そんな事を考えていると、男性が私達の目的を訊ねて来た。
当然。迷宮に来て、目的なんて一つしかない。
迷宮にある財宝。たったそれだけよ。
私は努めて明るく答えたわ。
なのに、この男性は馬鹿にする様に言ったの。
「そうか。運が悪かったな」
まるで地竜には勝てないと言っているみたい。
わかってる。難しい敵だって事は。
それでも、戻る事は出来ない。なら、やるっきゃ無いでしょうよ。
それに、いつか母を超えるのよ。私は。
こんなところでやられる訳にはいかないでしょ。
そんな事を考えた。声に出ていた気もする。
あとは、弱いところを見せたくなかったから。
我慢出来ずに買っちゃった。喧嘩を。
まあ、母を侮辱するのは許せなかったから。
口論に発展した。
そんな時。ルビーがスッと動いて、入り口にあった膜に触れた。
すると、禍々しい魔力が白色を食べて消えてしまった。
未だかつて、ボス部屋に辿り着いて迷宮を後戻りしようとした者は居なかった。
それはそうでしょ。中に入れば、あからさまに「戻れないよ」と主張しているし、視線の奥にはボスが待ち構えている。
戦うしか無いと判断するのは当たり前。
驚いた事はそれだけじゃない。
魔力の壁を打ち消す魔法なんて聞いた事が無い。
だが、単純に知らないだけで、本当は存在するのかもしれない。
一応、ボスを倒せば、壁が消えるのは周知の事実。
では、ボスを倒していないのに消せたのは何故?
魔法を打ち消す魔法があったとしよう。しかし、意思があると言われている迷宮に対してそんな魔法が通用するのだろうか。
疑えば止め処なく溢れる疑惑。
そんな私の名前を呼ぶ男の子。
その声は冷たく、心臓を掴まれている様な錯覚を抱く。
男性は消えていた。
私達を置いて。先程まで喧嘩をしていたのに、今は酷く側にいて欲しいと思ってしまった。
単なる疑惑。違うと信じたい。
だが、疑えば足は下がる。
私が4つ下がった頃だろうか?
ルビーがナイフを構えた。
あ、やられる。
そう思った。しかし、私の名前を呼ばれた。
「ミュエラ!」
声が耳に響くと同時。
真横を強烈な風が通り過ぎた。
風は私を狙ったのでは無かった。
ルビーは私を見ていたのでは無い。
私の後ろ。地竜を見ていた。
私が振り返れば、浅い傷痕の付いた地竜。
怯んでいた。
頑丈な地竜からすれば、ダメージを受けるとは思わなかったのだろう。
歩みを止めて、こちらを睨んでいた。
疑ってしまった私は馬鹿だった。
そもそも、私を殺そうと思えば出来たはず。
一緒に眠ったりしたのだから、そんなつもりが無い事は明白。
そして、地竜を攻撃した事から、ルビーは迷宮とは何の関係も無い。
そんな事を一瞬でも考えた。私はどうかしてたのかもしれない。
お陰で冷静になれた。
私ってダメダメね。
こんな時に仲間を疑う余裕なんて無い。
「ミュエラどうするの?」
「倒しましょう。ありったけの魔法をぶちかますわ」
「わかった」
こくりと頷くルビー。
本当に素直で、私に勇気を与えてくれる。
怖いはずなのに、この迷宮を楽しいと感じていた。
死と隣り合わせの筈なのに。
さっきまでの悩みはどこへやら。気付けば魔力は溜め終えていた。
こんなに早く溜まるとは思っていなかった。
でも、そんなの関係無い。あとは、やるだけ。
私は叫ぶ。私の最大魔力を込めた呪文を。
「ウインドバースト!」
今まで使ってきた中でも最高の威力。
そう思える程強く吹き荒れ、竜の息吹の如し風の塊が、地竜を襲う。
その魔法は避けようはずも無く地竜に命中した。
私は願っていた。
この魔法が通用しなければ、私達は勝てない。
私は魔力が尽きかけ、倒れそうになりながらも最悪を想定していた。
しかし、杞憂だった。
それは、少年の声によって明かされる。
「倒せた、みたい」
安堵した。とても。
すると呼吸をし忘れていたのか、荒く呼吸を始める。
魔力はすっからかんで結構怠いが、とても充足感に満ち溢れていた。
地竜を倒せた事がルビーも嬉しかったみたい。
私に抱きついてきた。
その時、私はこの子を守れたんだと思うととても嬉しく、身体が軽くなった気がする。
不思議と魔法がいくらでも使える様な高揚感。
自分でもわかっていた。
あぁ、私。ハイになってるなって。
この子のお陰。私1人じゃ無理だった。
私はそう考えた。
1人では到底不可能だったのは間違い無い。
色んな事を気付かせてくれる。正真正銘の仲間。
私は、漸く母の強さを理解できたのだった。
さて、ミュエラさん。
年齢はいくつでしょうね。
最低でも、お酒を飲める年齢です。
それはそうと、かつて女神と黒龍が戦いましたが、少女の様に盾を消せます。しかも、遠隔で。
何故、殴って盾を破壊したのか?
それは勿論。
「格好良いからだな。うむ」
です。はい。