百九十三話 地竜
迷宮のボスが居ると思しき場所まで来た。
流石にボス部屋の手前まで来れば、金属の音は大きく聞こえ、人間の声もなんとなく聞こえて来る。
地響きが鳴り、それに呼応して小石の様な物が転がる。
随分と大きな魔物らしく、予想通り厄介さん達が戦っているらしい。
目の前には雲の様な膜があり、先は見えないが、魔導操作の応用でおおよその情報が得られる。
「さて、行きましょう。進んだら戻れないから、覚悟はしておきなさい」
ミュエラが背後から言う。
「成る程。魔力の膜かな?」
「ええ。ボスを倒したら消えるけど、今なら引き返せるわ」
ニンマリと笑い、私を見つめるミュエラ。
決まってるよ。進むだけ。私が止めたって、ミュエラは進むんでしょ?
そんなの駄目だよ。ミュエラを見殺しに出来ない。
「‥‥‥行く」
「そう?危ないのよ?」
「わかってる。それより、ミュエラこそ引き返しても良いんだよ?」
「ふふ。心配してくれるんだ?」
「そうだよ。今ならまだ間に合うから」
「ここまで来て、それは無理ね」
分からず屋。
まあ、止めても無駄だって知ってた。
やるしか無い。倒せば良いんだ。龍だってバレない方法で。
ミュエラを守る為に。
私は雲を潜った。
そして、それに続くミュエラ。
出た先は広間。とても広い空間。
真っ先に目につく、四足歩行の‥‥‥トカゲ?
あと、誰?
雲の門を通ると、すぐ目の前に誰か居た。
男性。驚いた顔をしてる。
「アレは、地竜?かしらね」
「そうなの?」
「ええ。母が倒しているのを見た事があるから、間違い無いと思うわ」
ミュエラが教えてくれたので、確認の意味を込めて、そのトカゲを右眼で覗いた。
地竜【グルム】
体力 2847/2950
筋力 375
敏捷 72
防御 620
魔力 317/415
耐魔 496
魔法 土魔法【竜】
特殊能力‥竜鱗 竜種
名前付きの地竜。
魔物は一定の強さを超える事で名前を得る。
また、竜種は更に知恵を持つ事で、竜王へと至る。
強い。人間が勝つのは難しい。
何よりも、硬い。普通の攻撃でダメージを与えるのは難しい。
悩んでいるとミュエラが話す。
「まあ、やるしか無いわね」
「勝てるの?」
「さあ?わからないわ。でも、どうせ帰れないし」
「どうするの?」
「そうね。最大魔法をぶちかまして、それで駄目なら、まあ、その時考えましょう」
行き当たりばったり。全くもう。ミュエラは。
それより、この人は?
なんか、じっと見てるけど。
話し掛けてみようか?
「ねえ?おじさん」
私が話し掛ければ、そのおじさんはビクッと反応したものの、返事は返ってこなかった。
私は返事が返ってこなかった事よりも、驚いた表情の方が気になった。
あれ?そんなに驚かなくても。
なんか傷つくなあ。
「どうしたの?ルビー」
「え?あ、いや、おじさんは戦わないの?」
私は再度訊ねる。
すると、ミュエラには見えてなかったらしい。
「え?誰か居るの?」
「うん。ほら、そこに」
私はそう言って、おじさんを指さす。
どうやら隠れていたらしい。魔法?かな。
「み、見えているのか?」
多分魔法を解除した。おじさんが見える様になった。
すると、ミュエラが驚いた。
「あら?本当ね。ルビーには見えてたのかしら?」
「うん」
まさか隠れてたとは思わなかった。
でも、確かに魔力らしき物が動いていた。
今は止まっているけど。
「君達は何故ここに?」
おじさんが訊ねる。
でも、その質問は愚問。
「迷宮探索よ!アンタもでしょ?」
当然!と言った感じで答えるミュエラ。
私は無理矢理?かな。まあ、何でも良いけど。
「そうか。運が悪かったな」
そう言いながら、地竜に視線を走らせ、再度こちらを見つめて来る。
瞳は生気を失い、今にも死にそうな目。
俗に言う、これが死んだ魚の目だろうか?
「もう、俺たちは助からねえ。あのボスを倒すのは不可能だ」
ただ淡々と、聞いてもいないのに教えてくれるおじさん。
助からないって、本当にそうかな?
帰ろうと思えば多分、いける。
だって、この魔力の膜は、私にとっては
「倒せば良いのよ!ね?ルビー?」
そう言ってのけるミュエラ。
何でこんなに元気なの?ミュエラは。
「どうせ出られないんだし、倒すしか無いのよ。母は地竜を倒したんだから、私だって。ふふふ。燃えて来たわ」
なんか知らないけど凄いやる気。
おじさんは、戦意なしか。
ならまあ、帰らせてあげようか?
「はん!辞めときな。アレは人間が倒せるモノじゃねえ」
「何?母が人間じゃ無いって言いたいの?」
おじさんと、ミュエラが険悪な雰囲気に。
こんな時に喧嘩なんてしてる場合じゃ無いよ。
ミュエラも、何でそんなに意固地なの?
あ、ひょっとして。
そうか、なら、出口。作らないと。
私は振り向いて、雲に触れた。
狙い通り。消した。
黒い物体が、雲を食べて消える。
魔力の膜ならば、私の能力で消せると思った。
そして、それは予想通りだった。
私が再度振り向いたら、2人は口論を止めて固まってた。
だから、私は2人に話し掛ける。
「開けたよ」
「「え?」」
「戦う理由は無くなったよ」
私が理由を消した。
今なら逃げられる。この、迷宮から。
「ほ、本当か?」
「うん。おじさんは帰りたいんでしょ?」
「だ、だが、仲間を見捨てる訳には」
「もう、居ないよ」
私は言った。
そう。もう、終わってしまってた。
残るは私達だけ。
助けるつもりなら、口論なんてしてる場合じゃ無かった。
どちらにしたって、間に合わなかっただろうけど。
理由は消えたんだ。
ボスと戦う理由は。
「ミュエラ」
私は呼ぶ。ミュエラの名を。
理由無き今。それでも尚、戦うのかどうか。
救うべき命はもう無い。本当に、命を賭けるつもりなのか。
「あ、貴方、どうやって?」
「僕の魔法。帰ろう?」
「そ、それは」
どうして?まだ戦うつもりなの?
帰ろうよ。ここに居たら、危険なんだよ。
なのに。何に怯えているの?
私が近寄れば、同じ距離下がるミュエラ。
私は気付かなかった。
私の力は、どれを取っても異質だと言う事に。
裏ボスこと、黒龍の少女。
次から数話、風人視点を挟んだりします。
そして、この章の最後にボス戦します。
さあ、誰がボスになるんでしょうね?