百九十二話 迷宮の奥地
「クソ!あのヤロウ!何処行きやがった!」
男の怒号が響き渡る。
凡そ、半刻前に迷宮のボスが居ると思われる部屋に辿り着いた。
そして待っていたのは、とんでもない大きさの巨獣だった。
男は迷宮攻略を甘く見ていた。
男の住まう町では、今現在、最も勢いのある冒険者パーティーだと持て囃され、調子付いていた。
幸い、町に数人居る自分と同格の者達は、とある公女様を捜すのに躍起になっていた為、邪魔者は無く、迷宮の財宝は男の手に落ちると思っていた。
半分位は思惑通りだった。
どこのパーティーよりも早く迷宮入りし、そしてボスの待つ場所に来た所までは良い。
しかし、問題はその、迷宮のボスだった。
ボス戦が始まれば、逃げる事は不可能だと知っていたし、その事も部下にはしっかりと説明した。
だから最悪の場合には、肉盾になってもらう様に暗に言っていたつもりだった。
なのに、
「クソ。1番の雑魚を真っ先に盾にしようと思ったが、居なくなってやがる」
戦闘センスの欠片も無い男。
いつもいつも役立たずで、鍵開け位しか才能が無い。
偶々。そう、偶然。鍵開けを出来る奴がいないから使っていただけの役立たず。
男が苛々としていると、仲間が話し掛ける。
「大将どうしますか!」
男に質問を投げ掛ける声。
その声が、益々男を苛立たせる。
「うるせえ!テメエで少しくらい考えろ!」
怒鳴れば、仲間は萎縮する。
「す、すみません」
クソ。どいつもこいつも役に立たねえ。
チッ!またか。
男の視線の先には、巨獣に撫でられ、血みどろになった塊が空を泳ぐ。
こうやって巨獣が暴れれば、パーティー内に動揺が走り、着実に士気が下がっていく。
仲間を盾にしながら攻撃を加えているが、効いてねえ。そもそも、刃が通らねえ。
硬過ぎんだよ。化け物が。
男達は数で魔物を押す。
しかし、その数も徐々に減って来ている。
魔物の速度は遅い為、攻撃はかなり躱せる。それでも、大きい身体を使った魔物の一撃は時折、誰かしらに命中する。
当たれば即死の一撃。
魔物の体重の乗った攻撃は、防具を簡単に歪めてしまう。
ダメージを与える事は出来ず、頼みの綱である仲間は、最早糸の如くか細い。一瞬で千切れてもおかしく無いくらいには。
男は後悔し始めていた。
どうしてこうなった?
見窄らしい迷宮だと思った。
魔物も少なく、罠の類も無かった。
なのに、何故。
考えても分からない。
そして、今はそれどころでは無い。
男は剣を振る。無駄だと知りながら。
金属と、金属の様に硬い物がぶつかる音。
音の発生源から少し離れた所にある男が立っていた。
俺の名前はジーク。
かつて、盗賊の下っ端をしていた。
盗賊として生きていたが、憲兵に捕まって、それから改心したと言ってもいい。
いや、自分で言うのも変だがな?改心したかどうかは、他人が決める事だからな。
まあ、良くも悪くも下っ端だったが故の罪の軽さで、殺しは一度たりともやっていないのもあるとは思う。
そして、今現在は冒険者の下っ端だ。
足を洗ったは良いのだが、結局、今も下っ端。
俺は生まれ変わっても、そこだけは変われないのだろう。
少し前、小さな男の子がギルドに来た。
なんでもCランクらしい。子どもなのにな。
才能溢れるってやつか。俺なんて、数年掛けてようやくDランクなんだが。
そもそも、俺に戦闘センスは無い。だから別に僻んではいない。
ウチの大将がその子を目の敵にしてしまった。
ウチのパーティーは大所帯で、幾つかに分かれて依頼をこなすんだが、その一つのチームが、なんだか失敗したらしい。
その事にウチの大将が怒った。
そして、その少年の噂が立って比較され始めた。
その少年は悪く無いのにな。依頼を失敗した奴らが悪くて、責任転嫁するなんて図々しいどころか、意味が分からない。
それでも、俺は弱くて何も出来やしない。庇う事すらな。
あの少年は恨んでいないだろうか?
帰ることが出来たら、謝りに行こう。
まあどうせ、俺達は、終わりだ。
男がそう考えた直後。
四足の魔物がまた1人吹き飛ばす。
吹き飛んだ人間は、ピクリとも動かず、真っ赤に染まっている。
そう。また1人。
15人程居た人数も、気付けば半分以下になっていた。
それを遠くから眺める男。
視線の先には、怒りながら指示を飛ばす人。
流石はウチの大将か。
そう簡単にはやられないな。
しかし、それも時間の問題か?
それは、俺にも言える、か。
あいつらが終われば、どうせ俺も死ぬ。
見つからなくたって、餓死するからな。
男は何も無い場所に立ち、元来た入口だった場所に手を当てるが、何も起きない。
やはり。出られない。
元来た入口は濁った雲の様な壁に包まれ、侵入は容易だが、一度入ったら出られない。
迷宮の最奥に辿り着いた者は、その迷宮のボスを倒さなくてはならない。
そして、ボスを倒す事で財宝が手に入るのだ。
だが、無理だ。アレを倒すのは。
四足の魔物が咆える。
黄土色のひび割れた模様が特徴的な竜。
恐らく地竜だと思う。
翼は無い。だが、圧倒的な体軀。
迷宮のボスを見つけた瞬間。隠密の魔法を使用した。
俺は、俺達は勝てないんだ。誰が見てもそう判断する。
臆病だって、笑うか?
仲間を捨てた卑怯者だって、馬鹿にするか?
はは、馬鹿だよな、ウチの大将も。あんなのに挑むなんて。
しかし、逃げる事も無理なら、ボスを倒す事に賭けた方がマシなのか?
いや、それこそ駄目だ。自分の事は自分が一番理解している。
俺の特技なんて、鍵開けぐらいしか無い。
だが、鍵開けが得意って言ったって、鍵穴がなけりゃ何の意味も無いわな。
皮肉げに笑う元盗賊。
元盗賊は、祈る様に雲の扉に手を当て続ける。
しかし、そんな事をしても無意味。そう、思った矢先。
雲の中から小さな手が生えて来た。
比喩でも何でもなく、文字通り生えて来た。
そして、その生えて来た小さな手は、雲の扉を境に、腕の方から身体を引っ張り上げる。
雲を潜り抜け、現れたのは少年。仮面を着けた。
赤黒いマントを羽織る、小さな小さな少年達だった。
鍵開け。ピッキング。
使い道は幾らかありそうなんですけどね。
脳筋には使い道がわからなかったみたいです。
トカゲも若干脳筋ですけどね。
そこは内緒です。