百八十八話 心の綱引き
武器を得て、(正確には貸して貰った)私達2人は探索を開始した。
拠点は片付けてしまい、ある程度進んだら、また拠点を設置するらしい。
その行動原理は分かり易く解説して貰った。
私は説明を受けがてら歩いていたのだけど、エルフさんは迷宮の探索が随分と手馴れているみたい。
いくつか教えてもらった内容。
例えば、道標を作るだとか、探索する時の道順を選ぶコツ。
それらの説明全てに意味があり、無駄がない。
中でも驚いたのは、月下草という名の薬草の効果。
単純に怪我した箇所に、月下草と水を揉み込む事で、怪我を治してくれるらしい。
しかも、それだけでは無く、夜になると微かに光を放つらしい。
洞窟内では疲労感が麻痺しがちになる。
だからこそ、簡易的にでも時間を調べる事の出来る物は、重宝するのだ。
そんな幾つもの情報を教えて貰い、無料で提供されるのが凄く申し訳ない気がして来た。
だから、つい訊ねてた。
「あの、なんでそんなに詳しいの?」
そもそも、どうやって情報を得たのか。
「ああ、うん。昔ね、仲間が居たの。その時に色々と教えて貰ったのよ。まだ私が駆け出しの頃だったから、今でもよく覚えてるわ」
「そ、そんなに重要なのに、僕なんかに」
私は自分を卑下していた。
その言葉が良くなかった。
一瞬空気が固まり、エルフさんが溜息を吐いた。
「はあ、なにが?【僕なんかに】なのよ」
「あ、いや」
慌てて訂正しようとした。
明らかに怒りの感情が見えたから。
ただ、すぐにその感情は消えたけど。
私が謝るよりも早く、エルフさんが話し始めた。
「まあ正直、なんとなくだったのよ?」
「うん」
「でも、勘違いしないで。【この子で良いや】では無くて、【この子が良いかも】だから。あまり自分を馬鹿にしない方がいいわ」
「励ましてくれるの?」
「‥‥‥アンタが避けられてるのも理解してたわ。まあ、似た者同士なのね。私もあの人達に拾われなかったら、冒険者はやってなかったもの」
「さっき言ってた仲間?」
「そうよ。だから、私も同じ事をしたの。それとも文句でもあるの?」
「ううん」
首を振る。
私が腫れ物扱いをされているのに気付いた上で、話しかけてくれた。
優しい人。エルフさん。
仕事を誘ってくれたのは、本当に親切心だった。
「だから、頑張るのよ。いつか、良い事があるから」
むすっとして不器用な感情表現。
ああ、うん。似た者同士。
気恥ずかしいだろうに、そんな無理をしなくても良いのにね。
ふふ。格好良いなあ。憧れちゃうよ。
こうやって、自信満々で人助けをする。
私。こんな人になりたかったんだ。
「ありが、と、う」
「もう。アンタは泣き虫ね。男の子なら強くなりなさいよね」
キツめの喝。
でも、全然つらくないよ。
気付いてたら泣いてた。
涙が止まらないんだ。
怖い人だなって思ったよ。
なのに、ずるいや。
頭撫でないでよ。
本当に涙が止まらなくなっちゃうよ。
「私は応援してるし、いくらでも手伝ってあげるわ。だから、諦めずに頑張るのよ」
「うん」
「ふふ。良い子ね。あんなどうしようもない連中に合わせること無いのよ。きっと、素晴らしい仲間が出来るわ。貴方なら」
「うん。えへへ」
「何よ。急に笑って」
だってさ?笑っちゃうよ。
目の前に居るんだよ?素晴らしい仲間が。
私は相応しくないのかもしれない。
けれど、絶対に仲間になりたいんだ。
相手の名前も知らない。素顔も見せられない。
そんな私だけど、選んでもらえる様に頑張るよ。
今、私の決めた目標だ。
「強くなりたい。誰にも負けないくらい」
「あら?良いわね。まあ、そうでないと私の友達としては認められませんもの」
ふふ。やる気が出てきた。
私はエルフさんの為に頑張るんだ。
どうしようもないくらい寂しかった。そんな時に救ってくれた。
私は孤独に耐えられもしないのに家出した。もう帰れない。帰る場所が無い。
でも、良いんだ。前を向くしか無いなら、進むだけなのだから。
「改めてよろしくね。エルフさん」
「ええ。って、名前。言ってなかったかしら?」
「うん。聞きそびれてて」
「あ、えっと。そうなのね。ごめんなさい」
あれ?
なんでか謝られた。
いや、寧ろ聞かなかったのが悪い気もする。
とは思うけど、え?何々?小さくてよく聞こえないよ。
「私は名前を聞くだけ聞いて名乗ってなかったの??うわぁ、やらかしてるわね」
うーん。なんか難しい顔してる。
名前。聞いても良いのかな?
今更失礼だよね。
「名前。教えておくわ。ミュエラよ。宜しくね」
「ミュエラさん。綺麗な名前だね」
「むぐっ。アンタはもう。本当に」
「あ!ごめんなさい」
謝った。怒った気がした。表情が。
でも本当は、単なる照れ隠し。
慌てると声が大きくなるんだ。ミュエラさんは。
今はまだ知らなかったんだけどね。
「な、なんで謝るのよ!」
「え?だって、怒ってる?よね?」
「は、はあ!?怒ってないわよ!!」
「え、でも」
「怒ってないのに。はあ。それより、呼び捨てで良いわ。私もルビーって、呼んでるから」
私はとても、ミュエラさんを呼び捨て出来ない。
だから、
「ミュエラ、さん?」
ビクビクしながらそう呼んだ。
「な!に!?」
今度は怒った。怒られた。
仕方なく、私は折れた。
けど、嬉しかったのは間違い無いんだ。
「みゅ、ミュエラ」
「ええそうよ。ふふ。ルビー」
お互いに呼び合った。
確かに。その時。
私達は通じ合った気がしたんだ。
傍若無人なエルフ。
その名も「ミュエラ」。
曲がったことが嫌いな正義お嬢様。
たまに、言葉遣いが悪くなります。
「ミュエラ」はフルネームではないですが考えてはいるんです。
ですけど、こう、中々フルで言う機会が無いですね。
勿体ない。