百八十七話 忘れたモノ
迷宮で一夜を明かし、身体を起こそうとして気付いた。
エルフさんに抱きつかれていたので、私が起きたらそれと同時にエルフさんまで起こしてしまう。
まだ寝ているのを起こすのは申し訳ないので、退屈な時間は私の能力を調べる時間に充てようと思う。
この前見たけど、なんだかんだで変化していて、調べ忘れた能力がある。
確か【魔導操作】は調べて無い。
元々は【魔導認識操作】だった筈。あれの効果は、周囲の魔力を使って周辺を調べるのと、魔力を隠す能力だった筈。
魔力を隠すのは黒禍で問題無いから消えたのかな?
文字数的に弱くなった様な気もするけど、どうなんだろう?
調べないとね。
魔導操作‥‥‥全ての魔力は黒龍帝の物。魔力を取り込み、世界に魔力を流す。
魔力を循環させ、力を行使する際に使用する。
魔力に関わる全てを操り、魔物は黒龍帝に逆らう事は出来ない。
んん!?
斜め上の方向の進化を遂げてた。
確かに他の生き物の魔力を操れるのなら、魔物は簡単に倒せるけど。
魔物は魔石が壊れると死ぬのだから、この力が本物ならば、相手を触らなくても良い。
と言うか、うん。
目を背けてたけど、私が黒龍なんだよね。
少し、曖昧。
あれ?でも、フユは私の事を、黒龍の義娘だって言ってたよ?
嘘?だとは思えない。
フユは親友だよ?親友が裏切る筈が無い。
‥‥‥本当に?そうだと自信を持って言える?
まさか、アイちゃんとフユが結託した?
それで、私を‥‥‥違う。そんなまさか。
いや、何にせよ。帰れなくなった。
帰るつもりは、無かったけど、さ。
【魔導操作】を使えばフユだって倒せる。と思う。
やられる前に、やらないと。
幸い、黒禍のお陰で追っ手は撒ける。
それまでに、力を身につけないと。
私が覚悟を決めたとほぼ同時、ふとエルフさんと目が合った。気がした。
「ん、おはよう?ルビー。起きてる?」
「うん」
「寝る時も仮面外さないのね?」
「癖みたいなものかな」
仮面を外す事は多分無い。
少なくとも、逃げ続けている今は。
「そう。寝苦しく無いの?」
「慣れたよ」
慣れないといけない。
ずっと、続くだろうから。
「ふうん?ま、良いわ。さあ、朝食を、と思ったけど、食べられるの?」
「あ、」
早速壁にぶち当たった。外すしか無いのかな。
でも、エルフさんは、私を見て驚くかな?
拒絶されるのは嫌だな。
私が下を向いたから。エルフさんが察した。
「見せたくない理由があるんでしょ?」
「うん。まあ」
「そ。なら、外してる時くらいは後ろ向いててあげるわ」
「え?でも、それだと食事中全部」
「アンタが望むなら良いわ」
「ありがとう」
「フン!感謝なんて要らないわ!」
そう言って向こうを向いて、携帯食料を放り投げて来た。
怒ってる?のかな。耳まで真っ赤にして。
有難いし、申し訳ない。
「ごめんね」
「だから、良いって言ってるでしょ!」
怒ってる?よね。
声も大きくなったし。
でも、これ以上は触れない方が良いのかな?
「話し掛けるな」オーラが背中から溢れ出てるから。
うん。なんか、いつも怒ってる気もするし、寝起きだからなのかな。多分。
黙々と私達は朝食を摂り、丁度私が食べ終わった頃。
「そろそろ良い?」
「あ、うん」
今仮面を着け直した。
なんとも良いタイミング。狙ったとしか思えない。
「そう。なら行きましょう」
「うん」
「ところでアンタ、武器は?」
「あ、そうだね。確かナイフが、あれ?」
今まで使って無かったから忘れてた。
確か昔、ナイフを作った。
これは覚えてる。
あれ?ホルスターがあった筈だけど?無いね。
無くしちゃった?かな。
いつ無くしたんだろう?思い出せない。
「アンタ、武器も無いの?」
「それは、その。うん」
「はあ、仕方ないわね。私の護身用のナイフがあるから貸してあげるわ」
そう言いながら取り出したのは、緑色のナイフ。
所謂ダガーナイフ。
見事な装飾がされていた。思わず右眼で調べてた。
翡翠のダガー
エルフ族によって作られた護身用の短剣。
親から子へと心を込めて作られ、エルフにとって馴染み深い、翡翠が使われている。
攻撃力15
風魔法適正強化小
魔力透過率30
「貸してあげるわ」
「あ、ありがとう」
「相応の働きを期待してるわ」
「頑張る」
私は武器を貸してくれた事に感謝をした。
けど、ある事を考えてしまった。
そして、声に出してしまった。
「殴った方が、強い」
幸い、聞こえない程の小さな声。
それはまだ良い。
もっと気になる事は、このダガーを全力で振るったら、折れてしまうであろう事。
そして、とても大切にしているのであろう事。
とても綺麗で、毎日手入れをしているのが窺える程だったから。
「注意して、使わないと」
折ってしまったり、逆に使わなければ怒られてしまうだろう。
最善は格闘のみで戦う事だけど、それは駄目。
さらに、エルフさんは弓使いなので、戦闘中でもしっかりと、こちらを見ると思う。
と言うか寧ろ、心配してずっとこっちを見てるかもしれない。
それは自意識過剰かもだけど、なんと無くそんな気がする。
怒りっぽい人だと思うけど、その分凄く世話焼きな気がする。
だって、一応は味方だとしても、見ず知らずの人に武器を、それも大切にしているであろうそれを、貸す必要は無い。
見た感じでは魔力も流れていて、かなりの貴重品。
確か、魔法の武器はもの凄く高い代物だったと思う。
うう、困ったなあ。
結局私は、エルフさんに怒られる事だけを恐れてしまい、ダガーとエルフさんの事のみを考え、もはや迷宮の事など頭から抜けてしまったのだった。