百七十六話 わるいこ
少女が巫女の手伝いに出た頃。
メイド長は昼食の仕込みを終えて、お客様用の貸し出し部屋へと向かう。
その部屋で寝ている人がいる。
一度起こしに行ったのだが、その客たっての希望で二度寝を許している。
許すとは言っても、この国で2番目に偉い方なので、許すも何も無い。
その人は立場的には曖昧だが、かの黒龍様の眷属であり、その方の言では嘘では無さそうなので、王家よりも重視しなくてはならない。
対面した感じでの存在感は圧倒的で、恐ろしさすら感じる程。
と思ったら、威圧的な雰囲気では無く、どちらかと言えば楽観的な人にも見える。
なんとなくチグハグなイメージ。
そして今。目の前で寝ている。
大変美しい寝顔で、とても偉大な龍とは思えない。
王家に仕えた年数はそれ程でも無いが、今まで見た数多の貴族の令嬢よりも、数段上の可憐さ。
お嬢様も可愛らしいが、未だ花開かぬ蕾と比べるのは少し残酷だ。
何が言いたいかと言うと、お嬢様も大層美しいが幼い為、フユ様にはまだ敵わないだろう。
つい、物思いに耽ってしまいました。
早く起こさなくては。
「フユ様。起きて下さい」
「んぁ。何時?」
「もう朝です。イヴ様は出掛けましたよ」
イヴ様を話題に出せば目が覚めたのか、身体を伸ばし始めるフユ様。
「んんっく。はあ。そうなんだ?」
「もう少ししたら戻る筈ですが」
「ん!?呼ばれた気がする」
「え?何がですか?」
「ちょっと出て来る!」
そう言うが早いか、着替えもせずにフユ様は出掛けてしまいました。
まあ、良いですか?
仕事をしましょう。鍛錬の用意をしないといけませんからね。
屋敷から飛び出した乙女は、一直線に王城へと向かう。
しかし、城へと辿り着いたが、警備の騎士達が居て、恐らく通してくれない事を察する。
「げっ!一々説明すんのはダルい。中に入りたいけど、多分無理。ええい!魔法よ。都合良くなんとかしてくれ!」
乙女が宣言して、身体が透明になる。
正確には気配すら消えたのだが、その辺が疎い乙女は気付かない。
何はともあれ、見えなくなった。
「お!?これまさか。っと、危ない。何も無い筈なのに声が聞こえたら変だよね」
駄目だとわかってても、独り言を続ける乙女。
「服すら見えなくなるんだね。よーわからん。まあ良いけど。さあ!レッツゴー」
乙女はズンズンとかつ、大胆に城内を探索する。
そして、少女を探していたが、女性2人の話し声が聴こえて立ち止まる。
普通の人ならば聴こえない声量だが、龍の感覚は鋭敏な為、聴こえてしまった。
「イヴ様が」
ん!?
噂かな。盗み聞きは良くないんだけど気になる。
ソーっと。壁に耳を当てて、あれ?壁をすり抜けちゃった。
うん。私。幽霊みたいだね。
さてさて?なんの話かな?お邪魔しちゃお。
「ええ。正直、初めて怖い人と思える者に出逢いました」
「へえ?誰の話?」
「ひう!?」
あれ?リアーナ王妃と、誰?
えっと、娘か。
てか、あれだ。ビビってる。そんなに怖がらなくても。傷付くなあ。
お?何この娘。めっちゃ良い子じゃん。
ふむふむ。我が身に代えてもイヴを庇いたいと。
お母さんの事が好きだけど、親友の為ならか。熱い友情だね。
ほえ?綺麗だなんて、嫌味か?金髪のサラサラ少女め。
ぐぬ。嫌味さが全く無いとは。
おっと。それより許可だよ。
それから黒龍についてとか、色々調べないと。
乙女は質問攻めを続け、王妃と意見を交換して、凡そ必要な情報を手に入れた。
「んじゃさあ、記憶は無くなった理由はわからないんだ?」
「はい。それで大恩をなんとか返そうとしたのですが、仕事を求められたのでやむなく」
「成る程。嘘では無いけど、個人的には利用してるみたいに映るね」
「ゔっ、そうですね。はい」
「無理に働かせたい訳では無いんだよね?」
「勿論です!ですが、その、働き者過ぎてなんとも」
「美徳だけど困るね」
「そうなんですよ。頼らない様にしようとした矢先ですから。このままでは甘え続けてしまうので」
「うーん」
「今のままでは、イヴ様が居なくなったらどうなる事やら」
頭を押さえて悩む王妃様。
粛々と思考を巡らす巫女。
考えている様で何も考えていない乙女。
そんな乙女が提案する。
「よし!なら、私があの子にぐうたらを教える。ふふふ。なんてったって、私は前世ではぐうたら過ぎて、よく怒られていたのだ!」
なんとも残念な意見。しかし
「な、成る程!良い案です!」
乙女を敬い、乙女に毒された王妃様。本来の知謀はどこへやら。
唯一巫女は、難しい顔をして首を傾げるが、否定は出来ない。
とても権力者2名には歯向かえないから。
「さあ!私たちは同志だ!」
「はい!フユ様!」
「は、はあ?」
呆れる巫女。変な宗教にハマった様なものの王妃。
教祖乙女。絶対危ないそれ。
少女の預かり知らぬ場所で、不穏な関係が発足されてしまった。
逆に少女はと言うと。
「まず、外へ出る為には変装。丁度おあつらえむきの仮面と、外套がありますね」
変装の準備は完了。
他には、飲食物かな?
でも、勝手に持って行ったら怒られる。
少女は悩んだが、即座に首を振って目つきを鋭くする。
違う!そんなの怖くない!
ぬす、いや。借りて行こう。
早速食堂へ。コッソリと。
少女は小動物が如き食堂内を漁る。
そして、そこに近付く人影。
「おや?お嬢様。お昼はまだですよ?」
「はうっ!り、リスタさん」
「お腹が空いたのですか?」
「えっと、その」
「メイド長には内緒ですよ?」
メイド見習いはそう言って、ミルクとパンを渡してくれた。
どうやら内緒で部屋で食べろと言う事らしい。
それを受け取ってから、部屋に戻ろうとすると、すかさずメイド見習いが話し始める。
「何かありましたか?」
「え!?あ、なにも」
「そうですか。今日のイヴ様は怖い目をしていますよ?」
「あ、そう、かな」
「あ!失礼でした。申し訳ございません!」
「う、ううん。大丈夫」
少女は作り笑いをして自室へと駆ける。
不信感を与えてしまった為、誤魔化す為に。
「はあ、危ない。気付かれては無いと思うけど」
「イヴ」
「あ、フユ」
「戻ってたんだ?」
「うん」
「許可貰ってきたよ。どうよ?今日からお姉さんだぞ」
「そう。ごめん。今忙しいから」
「あ、そっか。うん」
少女は、乙女に気付かれない様に会話を断ち切る。
少しでも会話をしたら、察されてしまう気がして。
そしてそのまま就寝まで乗り切り、仮面を着けて外套を羽織る。
かつて少女が身に付けていた装具。
雑に傷跡が残っているが、可能な限りの修復を施されている。
少女は窓を潜り暗闇に溶け込む。
赤の外套なのに光を吸い込み、白の仮面すらも気配を隠す。
その姿は影の様で、あらゆる者の視線を逸らし、もはや透明。
陰から陰へと移り、その小さな身体に似合わず、とても早く街から抜け出す。
いや、小さいが故の素早しっこい。
前を向いて走り、考えているのは真逆の方向へと行ったりと来たり。後悔であったり、希望であったりの。
「ごめん。でも、手紙は残したから。許して。私。悪い子になっちゃった」
ヒリヒリする感覚と風を切る爽快感。
後ろめたい事なのに、わくわくしてしまう感情。
所謂高揚感に身を任せ、その重荷を投げ捨て、少女は笑う。
全速力で走りながら。
はい。次話から章が変わります。
しかし!少女の行く手を阻む者達!
1人旅や如何に!?
目的地へと辿り着けるのか!?
他視点を投稿すべきか迷いましたね。
取り敢えず少女重視になる筈。筈。