百七十四話 知る者
金の巫女は最も敬愛する少女を置いて、ある人の元へと向かう。
その人とは、最も事情を知っているであろう人。
つまりは巫女の母君。
「お母様!」
声が早いか、扉が開けるのが早いか。
母を呼びながら部屋へと入る。
それは、かなり無礼な立ち振る舞いだが、今回の相談事ならば許してくれるであろうと予測しつつ、母が娘に甘い事を、よく知っているが故の行動である。
「あら?ラーナちゃん?慌ててどうしたのかしら?」
いつもと変わらぬ雰囲気で出迎える母。
巫女は、走って荒くなった呼吸を整えながら、頭の中を整理する。
お母様はこんな事を言っているが、ほとんどの場合、私の考えはお見通しです。
大体いつも惚ける。言葉が悪いですが。
つまり、理解した上で質問してくるのだ。
情報が足りていない箇所は、聞き直してくる。いや、質問してくれる。
昔はよく疑問に思った。
わかっているならば、質問の意味なんて無いですから。なんて考えてた。
今は違いますけど。
えっと、多分ですけど、私に説明力を身につけさせる為だと思ってます。
なんと言うか、私はまだまだ未熟なんです。
いつか、私も大人になるでしょうが、お母様を超える事は無理でしょうね。
それ程、遠い存在だと思うんですよ。
そんなお母様が、敢えて聞いてるんですよ。多分。
深い意味まではわかりません。
ですが、お母様はかつて、智謀において黒龍様に褒められたほど。
私では足元にも及びませんね。
いや、諦めたくない。
魔法だって使える様になったんです。
不可能なんて有りません。
いつの日か。王様になった時に、せめて笑われない程度にはならないといけないんです。
いつもいつも、お父様とお母様だけで物事を決めています。
知ってます。私が未熟だからです。内密に、私に知られまいとしています。
聞かされていた話では、イヴ様に恩賞を与える為と言っていました。
たったそれだけしか知らないのです。私は。
イヴ様の考えは判りません。撤退した理由も、白龍様の事も。
何もかも知らない事。
本当は、どういうつもりだったのでしょうか?
聞かずにはいられません。
「お母様。お聞きしたい事がございます」
「何、かしらね?」
お母様は平静を装っていますが、少しだけ目元が動きました。
多分、察したのでしょうね。
やはり、私が知ってはいけなかったんでしょうか?
いや、違いますね。
イヴ様は泣いていたのです。
例えどんな理由があろうとも、イヴ様の為に情報を聞き出し、可能な限り庇うのです。
最悪。お母様に逆らってでも。
「此度の戦から、イヴ様がお戻り頂いています。その事で、詳しくお聞きしたいのです」
「そう。会ったの?」
「はい」
「はあ。なら話が早いですね」
「お答え頂けるのですね?」
「ええ」
お母様にしては随分と早く折れた気がします。
それにいつもは、のほほんとしているのに、今回はかなり疲れているのでしょうか?
巫女は、不思議な状況の考察をしていると、もっと不思議な状況に変化する。
それは、母君からの言葉によって。
「ラーナちゃあん。どうしましょう??」
「えぇ!?」
まるで泣きつくかの様な姿。
今までそんな姿は見た事がない。
ここまで弱っているお母様は、初めてかもしれない。
お母様のあまりの急変に、続く言葉が絞り出せない。
「フユ様を怒らせてしまいました」
「えっと?白龍様ですよね?」
「そうなのよー。辛うじて見逃してくれましたが、非常に不味い状況なのですよ」
「はあ」
「ラーナちゃん!?聞いてますか!」
何故かお母様の愚痴が始まった。
理不尽に怒られましたし。
いえ、話を聞きたかったんですよ?それは間違えていません。
しかし、そうでは無くて、イヴ様のお話が聞きたいんですが。
あ、でも。フユ様との関係を知る事で、謎が解けるかも?
まあ、黙って聞きましょうか。
「それで、フユ様は多分心が読めるのです」
「え!?」
確かに黒龍様の眷属ならば、人並み外れた力が有ってもおかしくない。
なのですが、イヴ様にはその様な力は無い。筈。
あれ?本当にそうでしょうか?
‥‥‥何にせよ、読心に近い、もしくはそれを超える能力はあると思います。
元々黒龍様は、建国以来から200年は生きているのですから。
「考えを読めるならと思って、違う事を考えたのですが、意味が無くて」
「ええ?何をされてるのですか。それのせいで余計に疑われると思いますが」
「そうですね。ラーナちゃんの言う通りです」
「しかし、それが確かならば、随分と恐ろしい方ですね」
「ええ。正直、初めて怖い人と思える者に出逢いました」
「へえ?誰の話?」
「ひう!?」
唐突に1人の声が混じる。
噂をすれば影がなんとやら。
乱入者の声を聞き、トラウマになってしまったのか、母君は悲鳴をあげる。
声の方向を振り向くが姿は見えず、その場所は何かが揺らめいて見える。
そして、姿がゆっくりと見え始めれば、圧倒的な存在感を放つ。
巫女は乙女を初めて見て、無意識に感想を抱いていた。
綺麗だなあと。
「ふふ。どうも。君も可愛いと思うよ?」
「はい。ありがとうございます」
一応返事をしつつ、巫女は観察する。
ただ純粋な白色。
白銀の中に浮かぶ2つの青い瞳。
巫女は理解した。成る程。白龍だ。
そして、聞いていた通りに、思考は筒抜け。
どこまで聞かれ、いや、読まれたのかはわからない。
でも、その境界には大した意味は無い。
だって。
「あはは。うん。頭良いんだ?羨ましいな」
「いえ。私なんて、とても」
やはり。
多分、全部見られてる。
でも、なんでだろう?お母様が言う程、怖い人だとは思わないかも。
「えっとー。うん。リアーナ王妃様?」
「は、はぃ」
「ごめんね。勘違いしてる。私もあなたも」
「な、何がですか?」
「うん。イヴの為にやってたのなら良いや。だからさ?今まで通りで良いよ。その代わりに私とイヴに、正式な姉妹の手続きをしてくれない?」
「お、脅しですか?」
「だから違うってば。交換条件だよ。協力するから、協力して?」
珍しく狼狽えるお母様。
拒否する権利なんて無いです。
多分。お母様よりも全てを知った方なのです。
どうなんでしょうか。イヴ様。
これで、良いのでしょうか?
巫女は悩む。国の未来を案じて。
知識は武器であり、身を守る盾でもあります。
かつて、それを武器にしていた者が居ました。
その者は、その力を封印し、別の者に分け与えました。
それの形は違いますが、龍とは知の象徴という設定です。
また、人を超えた者に現れる導きの力は、素質を大きく強化する物で、理から外れた存在へと至る可能性があります。