百七十一話 思い出のお風呂
屋敷へ戻った少女は、メイドに出迎えられながら執務室へと向かう。
真面目な少女は仕事が溜まっていると思い、部屋に入ったが、予想は外れている。
内心ホッとしながら、高い椅子に座って考え事を始める。
若干声が漏れているが、聴くものはいないので問題は無い。
「はあ、フユ。どうしたんでしょうか?」
凄く怒ってました。
フユの事を、王様達は知らなかったみたいですし、王様と黒龍様は不仲なのかな?
何か行き違いがあったとか?
アレ?それなら、間接的に私に影響があるのかも。
考えても判りませんけど。うーん?
少女が考え事をしていたら、メイド長が部屋に入って来た。
「お嬢様?遠征からお戻りなのであれば、お風呂はどうでしょうか?」
「あ、オルトワさん」
「準備は出来ていますから、どうぞゆっくりして下さいね。あと、良ければご一緒しましょうか?」
「あー、ううん。1人で入ろうかな?」
「承知しました。ご飯の用意しておきますから、のんびりと浸かっていて下さい」
「うん。ありがと」
「いえ。当然です」
相変わらず気が利いていて助かるメイドさんだ。
少女はお言葉に甘えて、風呂へと向かう。
一方。その頃乙女。
顎に手を当てて、街道を歩く乙女。
考え事をしながら、適当にぶらついていた。
リアーナ王妃って人と、王様は恐れてたね。
取り敢えず、これで余計な手出しは出来ない筈。
さてと、後はイヴに合流してと。
‥‥‥あれ?家の場所聞くの忘れてたな。
まあ良いか。クロマル使お。
こっち?って、でっか。
え?マジ?
この家?一応訪ねてみるかな?
「すみませーん」
乙女は、大きな屋敷のドアノッカーを叩きながら、家の人に呼び掛ける。
すると、出て来たのは若いメイドさんである。
若いとは言っても、乙女よりは歳が上であるが。
「うわ、こてこてのメイドじゃん」
「ど、どちら様でしょうか?」
「えっと、ごめん。聞きたいんだけど、イヴはここに居る?」
「あ!えっと、その?い、い、居ないです」
メイドは嘘を吐く。
本当は、乙女の目的はここに居る。しかし、メイド長から教わった事があり、嘘を述べた。
屋敷の長を名指しでかつ、呼び捨てをした場合、居ないと言えと教わった。
しかも、ごく最近。
反応を見て、乙女は眉を顰める。
当然、嘘だと理解した故の反応だ。
「あのさ?罪悪感を持つなら、何故嘘つくの?」
「え!?あ、その。嘘は吐いてません」
「いや、分かり易い。正直な人なんだ?」
「えええ??いや、あの?」
「へえ?呼び捨てにしたのが駄目なんだ。ああ、公爵。命令を受けてか。成る程ねえ。質問良いかな?」
「な、な、なんでしょうか??」
「名前は?」
「お、お答え出来ません」
「ふーん?リスタ・トレート?」
「ひい、何故?」
「さあね?」
乙女は、笑いながら反応を楽しんでいる。
玩具もとい、イジリ甲斐のありそうな人を見つけて遊んでしまっている。
だが飽きたのか、唐突に話を変える。
「お遊びは終わり。一応許可?は取ってるから、案内してほしいな?」
「で、でも、通すなって」
「へえ?厚い忠義だね。愛されてる様で何よりかな。ああ、安心して。心配してる様な事にはならないから」
「命令が」
タジタジのメイドの元に、もう1人のメイドがやって来た。
彼女は救世主だ。
「何をしてるのですか?お嬢様が上がる前に、食事の用意をしなければならないんですよ。なのにあなたは談笑ですか?」
残念ながら違った。
半ギレのメイド長が、メイド見習いを叱り、涙目になってしまう。
メイド見習いは、よく頑張っている方なのに怒られる不遇。
「ありゃ?またメイドが増えた」
「おや?あなた、何者ですか?」
メイド長が問い掛けて、乙女は冗談っぽく答える。
「私?うーん。白龍です」
「本物、ですね」
「判るの?」
「ただならぬ気配ですから。何用ですか?」
「イヴに会いに来たよ。案内して欲しいな」
「承知しました。今入浴中ですが、客間に案内しますね?」
「え!?お風呂!?あるの??」
「え、ええ」
「入りたい」
「そ、それは」
「着替え、よろしく」
「あ!ちょっと!?お嬢様が入ってますので」
「私も女だから大丈夫!」
乙女は親指を立てて、大丈夫アピールをする。
だが、そう言う事では無い。
そして、乙女は風呂場を探り当て、いざ突撃。
「ふう。久しぶりのお風呂は良いですね。ようやくのんびりできます」
少女が、しみじみと独り言を言いながら、お風呂に浸かっている。
まさに、かぽーん。
しかし、
バターン!
「え!?誰!」
「フユ参上!」
「ひゃわ!?」
少女はなんとも可愛らしい声を上げて、闖入者を迎え撃つ!
が、異常な程強い乙女は、少女の抵抗も虚しく、浴槽の中でその小さな身体をごしごしした!
そして、今は落ち着いて、2人で湯船に浸かっている。
「あうぅ」
「えへへ。つい久しぶりで興奮した」
「もう!来るなら言ってよ!」
なされるがままになり、気付いたら終わっており、現在は思い出し怒り中の少女。
「ごめん。我慢出来なくて」
「良いですけど」
「つるもちの良い肌でした」
乙女は少女を褒めたが、勿論そんな意味では無く。
「やっぱり、2度とフユとは入りません」
「な、なんでよ!?」
「とんでもない寒気を感じた。あと視線」
「そ、そんな事はナイカナ?」
「私。今、フユが嫌いになりそうです」
「そ、そんな」
乙女は、この世の終わりかの様な、絶望の表情を浮かべる。自業自得であるが。
そんな時。ふと少女は一言溢す。
「懐かしいなぁ」
「え!?」
「なんだか前にもあったのかな?友達とお風呂に入った思い出。窮屈で、他愛の無い喧嘩したかな?」
「そ、それは」
「フユの胸を見ていたら、なんとも言えない感情になりますね。なんだろうか?」
「ああ、やっぱり」
「楽しかったのかな?」
少女がそう言うと、乙女は泣きそうな、難しい表情になる。
それは悲しみか、それとも喜びなのか、複雑な笑顔。
お互いは感傷に浸る。お湯に浸かりながら、かつての思い出を。
別にお風呂の中で身体を洗った訳ではありません。
乙女が一方的にごしごししただけです。
少女は本気になれば強いです。勿論乙女を跳ね返すほど。
しかし火事場のなんたらでないと、力が出ません。
常時、濡れたあんぱんのヒーローなのです。