百六十九話 女神の思い出⑧
さて、色々ありました。
ざっと一年です。幸せの時間は。
えっと、中々話し辛いんですけど、まあその、色々です。
まあ、話しますけど。
「しかし、アリシアよ」
「はい?」
「何故、我を様付けして呼ぶのだ?」
「えっと、何故でしょう?」
「問うたのは我だが、まあ良いか。夫婦なのだからな、様は要らんと思うがな」
「今更難しいですよ」
「まあ、構わんが」
「夫婦。えへへ」
「事実であるが、そなたが照れると、こちらも気恥ずかしいな」
苦笑するイヴェトラ様。
つい、夫婦と言われ、嬉しすぎました。
勢いのまま、その。
うう、恥ずかしい。
「そ、それで、イヴェトラ様。その、今晩」
「あ、うむ」
私は真っ赤になりながら、最大限の勇気を振り絞ったんです。
イヴェトラ様も照れてますね。
見ない様にしましょう。顔を隠さないと。
う、煩いです!
な、なんですか!?指の間が開いてる?
そんな筈が無いでしょう!?興味なんて無いんですから!
ご、ゴホン。
私から、お願いをする事が多かったです。
その都度応じてくれて、まあ、早かったです。
1ヶ月も経たない内にその、喜ばしい事です。
それを知ったのは、ふと何気ない会話をした時です。
「今は控えた方が良いだろうが、そのうちエリクシルを飲ませよう」
「エリクシル、ですか?」
「うむ。我の血を相当に薄めて作る薬品だな。万病を治す万能薬だ」
「え?何故今は、なのですか?」
「結構な負担があるかもしれん。そなたの身体に、万が一があってはならぬ」
「あ、そ、それは、まさか」
「うむ」
「そうですか。嬉しいです」
「人と変わりないから、およそ10ヶ月だろう」
「そうですか。えへへ」
本当に嬉しかったです。
即刻、王様に休みを貰いに行きました。
無敵でしたからね。聞き届けないのなら、国を出ますと脅しました。
気付かれる前に行動しないと、無理をさせられかねませんでしたからね。
結果は、簡単に話が通りましたよ。
一応女神でしたからね。
黒龍に負けて終戦したとあっても、私の影響力を恐れたのでしょうね。
幸せな時間でした。
今も後悔はありますが、それでもめげないです。
え?なんですか?
おや?へえ。
私にそっくりですね。
そうですね。随分と大きくなって。
13歳?‥‥‥小さい気がしますが。
成る程。成長が止まったのですか。
え!?そう、ですか。つまり、3人娘ですか。
知らぬ間にそんな事に。
ええ。皆んなは私の大切な娘です。
ふふ。話が逸れましたね。
それから、イヴが産まれました。
イヴェトラ様との大切な子どもです。
子育てはわからない事だらけでしたね。
「龍の子ならば魔力が食事になる。だが、魔力は生死に関わるが、通常の飲食は成長に影響する。つまり、バランス良くと言う訳だ」
「成る程」
「産まれて間も無いから、空腹を知らぬ故、適度に与えてやらねばならぬ」
「た、大変ですね」
「魔力は我が与えれば良い。純血の龍は魔力のみで成長するのだが、幸い我の魔力なら食べられる様だ」
「一緒に過ごせますね」
つい、惚気てしまいました。
流石にイヴェトラ様も、この頃には慣れていますね。
「ああ。我が離れる訳にはいかぬらしい。まあ、大した問題ではない」
「龍とは大変なのですね」
「ん?そこは人と大差無い。人の子も親無しで生きるのは難しいからな。しかし、本来なら、魔力を吸収する能力がある筈だが」
「それは」
人と龍の間に産まれたからでしょうか?
不安を感じずにはいられませんでした。
「まあ良い。2人で共に育てれば良いだけだ」
「はい」
「まだ、体力が回復していないのだろう。アリシアもゆっくりと休むと良い」
「どちらへ?」
「うむ。子育て用の道具を作ろうと思う。少ししたら帰る。安静にな」
そう言って、イヴェトラ様はイヴを抱いて出て行かれました。
私は1人寂しく眠りました。
久しぶりの1人でした。
イヴェトラ様なりの親切ですよね。
ですが、我儘な私は、娘が産まれて少し寂しかったのです。
愛情が取られた様な気がして。
ずっと側に居て欲しかった。
その頃に夢を見ました。
イヴェトラ様が王都を破壊する夢です。
何故そうなったのか分からなかった私は、理解するのに時間がかかりました。
ずっと上の空でした。
そんな感じの数日を過ごしたある日。
とても寂しくて、女神としての使命と、イヴェトラ様への愛情との間で、酷く揺さぶられていました。
大好きなのに、怖かったんです。龍であるイヴェトラ様が。
だから、戻って来た時に、拒絶してしまいました。
「アリシアよ、戻ったぞ」
「イヴはいますか?」
「うむ。抱きたいのか?」
「いえ。少しだけ1人にしてくれませんか?」
「ふむ。理解した。だが、何かあったのか?」
私は焦っていたんだと思います。
忘れられません。
今でも怒鳴ってしまった事は。
間違い無く、大きな失敗です。
「なんでもないです!」
「うぬ。そうか。産後で少し参っているのであろう。これを置いておく。何かあったら、呼ぶと良い」
イヴェトラ様は、何かの道具を置いて出て行きました。
私はただ、ひたすら泣きました。
離れ離れになりたくない。
なのに、出て行ってしまった。
拒絶したのは自分です。
それでも、正体不明の恐怖があったんです。
すぐに自己嫌悪しましたよ。
優しさが辛くて、何をされても嫌に感じてしまいました。
そして、それを引き摺ったまま、王様から呼び出されました。
もう既に、この頃には未来を理解していました。
頼れば良かったのだと思います。
ですが、自力でなんとかしないといけないと思い込み、出られない沼に浸かっていました。
もう、取り返す事は出来ません。
本当に私は。愚かでした。
そして、予知の通りになりました。
人々は亡くなり、挙句にはイヴを守る為に、イヴェトラ様までも。
でも、良かった。
せめて、貴女だけでも幸せになって欲しい。
もう今更、人々の幸せは願いません。
私は女神です。ですが、失格でも良いです。
これは私の罪です。
申し訳ない限りです。でも、私は祈ります。
これこそが私の使命ですから。
「私の愛しい娘よ。私達の分だけでも幸せになって欲しい。私は願い続けます、永遠に。そして、私の我儘に巻き込まれた美冬さんへ。どうか、幸せを」
女神は願う。泣きながら。
娘である、黒龍の少女へと。
これにて思い出編は終わりです。
八話でした。
黒龍様は奥手です。
大雑把な癖に、女性は少し苦手です。