百六十四話 女神の思い出③
黒龍様と目が合ってから片時。
私は喋れずにいた。
まさにポカンとして見つめていたら、黒龍様が話し始めた。
「運が良かったな小娘。命拾いした様だぞ」
黒龍様はそう言いました。
しかし、私は助けられたのにも関わらず泣いてしまった。
目の前で父と母が亡くなってしまった。
その事を思い出したから。そして、憤ってしまった。
「運が良かった?父と母が死んだのに?」
「む?それは残念だったな」
「残念?なんで、私だけ助けたんですか!?」
「偶々だな。面白そうだから来ただけだな」
「お、面白い!?」
「ふむ」
私は混乱してしまい、黒龍様の言葉に逐一反応してしまっていた。
その時の私は、怒っていないと悲しくて、無理矢理虚勢を張っていた。
息は荒げ、半泣きだった。
勿論。私が何を言いたいのか理解していたのでしょう。
黒龍様が告げました。
「失ったのが辛いのは理解するが、今は自分が生き長らえたことを喜ぶべきだと思うがな」
当然。そんな言葉では冷静になれませんでした。
「喜ぶなんて出来る訳無いでしょう!?」
感情が爆発して、怒鳴ってしまいました。
今でも。何故殺されなかったのか、不思議ですね。
「では、死ぬか?」
黒龍様がそう言って、両の瞳が私を睨みました。
私は涙が溢れ、酷く恐怖を感じました。
でも、恐らく嘘でした。今ならそう思います。
私は死にたいと思ったのに、その時は生きたいと願っていました。
どうして、抗えたのでしょうか。
心が折れていてもおかしく無かったのに。
「まさか、睨み返されるとはな。珍しい事もある」
「殺せるものなら、殺してみてください」
「いや、気が変わったな。死に急ぐ者の目の色では無い」
何故か、黒龍様は笑っていました。
その表情の変化で、私の心臓が早鐘を鳴らしました。
確か、その時からです。いえ?もっと前かもしれませんね。
まあ、どちらでも良いです。
少なくとも、その時に死にたく無いと、願っていたのは間違いありませんから。
それから、えっと。結構無茶を言いましたね。
それも、突拍子も無いような言葉。
「私を拐ってくれませんか?」
「何?」
「もう、帰る場所もありません。私を貰ってくれませんか?」
あの時の私は本気でした。
いえ、子供心にしては、です。
でも、全てを捨てた気でいたのです。命すらも。
だからでしょう。断られました。
不思議でした。この瞬間の方が、心にダメージが入りました。
家族を失った事よりもですよ?
「要らんな」
「あ、そんな」
「貴様を拾ってどうなる?得は無い」
「そ、それは」
「自分を見失っているだけだ。その様な者ならば要らん」
完全に拒絶されました。
悲しい反面、悔しかった。
確かに、価値は無かったです。
ですけど、あんまりですよね。
まあ、もうどうにでもなれって、思っていたのを見透かされたんですよね?
「まあ、試しに生きてみよ。折角助けたのに、死ぬなどと簡単に言うべきでは無い」
「でも、私は」
「人間は寿命が短い。願わなくともすぐ死ぬ。だが、だからこそ後悔を選ばぬ努力をするべきだ」
「努力?」
「何をするのも自由だ。少なくとも長生きしたいと言った者の方が多かった。まあ、我は死からも努力からも縁遠い。だから、我の話を聞きたく無いなら、止めはせん」
黒龍様はそう言って握り拳を作る。
多分。頼めば、痛みを感じる間も無くやってくれたと思います。
本当は殺すつもりなんて無かった癖に。
それを知ったのはかなり後の事です。
私の代わりに罪を被ってくれようとした。
でも、もう大丈夫。頑張ろうって思いましたから。
多分。この時私は正解を選べました。
「分かりました。生きてみようと思います」
「うむ。良い目だ。これならば心配は要らんな」
「あの?お名前は」
「ん?名、か」
私が問えば黒龍様が黙ってしまった。
そして待っていると
「内緒だ」
「え?」
「次会った時に教えよう。こうすれば生きる理由の1つ位にはなるだろう?」
「では、必ず聞きに行きます」
私の決意を聞いた黒龍様は、転がっていた人達の所へ行きました。
よく聞き取れませんでしたが、何かを言って灰が舞いました。
まるで、そこには何も無かったかの様に。
そして、此方を一瞥して、黒龍様は天高く跳んでしまいました。
あっという間に見えなくなって、少しだけ途方に暮れました。
でも、約束しましたから。生きるって。
私は歩き始め、元来た街へと向かいました。
「生きるんだ。お母様やお父様の為に」
唯、それだけを考えていました。
子供ながら無謀でしたね。
フラフラと歩いて、意識をその内失った筈です。
記憶が曖昧ですけどね。
それから、少し飛んで目が覚めたのは、私の家のベッドの中でした。
なんとか辿り着いたのでしょうかね?
そう。私の家です。
短い間でしたけど、私の家です。
結局。色々ありましたが、家からも出ざるを得なくなりましたね。
この辺は随分と曖昧ですね。
だって、黒龍様にお会いした事が鮮明に刻まれてしまったので、他の事はよく覚えていませんから。
でも、私は救われたんです。
お陰様で、この事より辛い出来事は他に有りませんでした。
あれ?今更、1つ疑問が。
帰ろうとした方向と、私の住んでた街は方向が違います。
あぁ、そういう事ですか。
理解しました。全く。優しい方ですね。