百五十七話 隷下
ざわざわと声が周囲に広がる。
騎士達が集まり、全員が一箇所を眺めていた。
視線の集まるところには、銀色の長髪の女性が立っており、少女が呼び掛ける。
「では、お願いします」
少女の言葉に頷いた乙女は、翼を広げて空を飛び、直後に眩く光を放つ。
そこには、白銀の龍が空を舞い、辺り一帯を支配するかの様な存在感。
その巨体はスラリと細く美しい。四肢に加えて、天使の羽を思い浮かべる立派な翼。人の姿で使っていた物よりも圧倒的に大きい。
そう。乙女の真の姿。白龍。
人の理から外れ、最強の生命体として君臨する。
騎士達にその姿を見せて、黒龍の使いである事を証明する為に、態々、皆の前で変身した。
視線を浴びながら、乙女は先程の事を振り返る。
あからさまに喧嘩を売られた。
だからその、つい、調子に乗った。
ほんの少しだけ、私も悪いと思う。
いやまあ、一応、先に攻撃したのは間違い無いから、疑われても仕方ない。
それは分かるけどさ。
つい、ねえ?カチンと来ちゃって。
私より弱い癖に。
あー駄目だ。頭では理解してても、我慢できない。
何してんだろ。私。
それで、怒られちゃった。
アレは本気のやつだ。3回目位の時のやつ。
一度だけ。あれ以来、怒らせない様に誓ったんだよね。
でも、なんて言うか、その。嬉しかった。
ああ。偽物じゃないなって思って。
それに、命令されるのは、えっと、その、あ!
ち、違うからね!?そんな趣味無いから!
いや、うん。
うぅ。格好良かったんだもん。
身体がじんわり熱くなって、従うのは当たり前って思っちゃう。
命令されたい。従いたい。尽くしたい。
怖いけど、幸せ。
これが眷属。でも、昔と変わらないのかも。
ずっと。側に居たいって、願ったから。
数分間の間、龍に変身していたが、騎士達も落ち着いて来たので解除する。
ゆっくりと地上に降り立ち、少女の元へと向かう。
乙女が少女に駆け寄ると、少女がもじもじしている。
遠慮がちに乙女に視線を走らせ、すぐ外す。
なんだろうかと、乙女が思った瞬間に、少女が謝る。
「ご、ごめんなさい。フユ。怒ってしまって」
先程の会議で、イヴが怒鳴ってしまった事を詫びている。
イヴは悪くない。調子に乗った私の方が悪いに決まってる。それに比べて私は。
凄いなあ、イヴは。いつも素直で。
私の方こそ謝りたいよ。
「ううん。私の方こそごめん。それでね、もし、私が悪い時は叱って欲しい。失敗する前に」
「そ、それは」
「お願い。このままだと、いつまで経っても追いつけないから」
「‥‥‥わかりました」
「うん。ありがとう」
「こ、こちらこそ」
互いに謝る少女達。互いに許し合う。
穏やかな空気になれば、少女が躊躇いながら、乙女に話す。
「あ、あの!フユに質問があります」
「ん?」
「龍の姿になっていましたが、羽ばたいてなかったですよね?」
「あ、うん。空を飛ぶのに、翼は無くても良いんだよ」
「え!?」
「まあ、格好良いから」
「そ、そんな理由」
少女は呆れてしまうが、乙女は気にしない。
乙女は形から入るタイプで、割と気分屋である。
気に入らない事があれば、すぐに辞めてしまう所がある。そんな感じの気分屋。
ちょっぴり努力が苦手で、面倒くさがり。
そして、お調子者。
‥‥‥長所は無いかもしれない。
しかし、未だ埋もれているだけ。
乙女自身でさえも、知らない。
それだけ「当たり前」は、見え難いのだ。
全員が乙女の姿を知った事で、その後の会議では、荒れる事は無かった。
レイエン軍団長が謝罪をした事で、乙女も自身を振り返って、謝った。
一同は乙女を信用している。元より、総司令官が認めたので、下々が疑う訳にもいかない。
そうなれば今度は、乙女を怒らせていないかが問題になる。
黒龍様の使いに無礼を働いたとあらば、最大級の罪となる。
しかし、乙女はそこを問う事はしなかった。
段々と冷静になって行った。
こいつらが悪い。
ま、まあ?私もほんの少し悪かったかも?
いや、悪いわ。私が悪い。
ああーどうしよう。私。最低だ。
乙女が、レイエンに謝られた時には、既にこんな感じの、自己嫌悪モードに突入していた。
こうして、一応両方が謝罪して終わった。
そして、その日の夜。
早々に少女は眠ってしまい、司令室に居るのは、乙女とレイエンだけ。
何故この2人が居るのかと言うと、乙女が呼び出したからである。
「オラ、面貸せや」
全く根も葉も無い嘘である。
実際は、少女の事を相談する為に、呼び出した。少女が居ては出来ない話。
「それで、どう言った話ですか?」
「信じて貰えないかもだけど、一応伝えとこうかなって思ってさ」
「はい。その話とは?」
「私は黒龍に命令されて、イヴに従ってるの。だから、あの子の為なら何でもする。私は絶対にイヴを裏切らない」
「成る程」
「信じて貰えないよね」
「いいえ。寧ろ、納得しました。出会った時の雰囲気と違っていましたから」
「それは、その。忘れて。私の勘違いだったの」
「アレは本心ではなかったと?」
「そうね。ずっと探してた。だから焦ってた」
「かつての友人とかですか?」
「‥‥‥そんな資格無い」
苦悶の表情。苦しそうな乙女。
レイエンは察する。そして、理解する。
乙女が裏切る可能性が無い事を。
レイエンは乙女を信用する。同じ者に仕える仲間として、受け入れるのだった。
乙女は結構偏見持ちですね。
そして、やった事を後で後悔する。
そんな乙女ですが、ある長所を持っていますよ。
何でしょうかね?
結構役立つ能力ですよ。いずれ。