百五十六話 芽吹いたもの
少女達が合流した直後。
簡易司令所を作って会議を行っていた。
その、静まった空間に一石を投じる軍団長。
「まずは指揮系統の返還ですな」
レイエンがそう言えば、少女がそれを聞いて答える。
「うん。でもさ、ほぼレイエンさんがやってるよね?」
「む、そうですね。ですが、イヴ様の命令が一番重要ですからね」
「うーん。変わらずやってくれていいよ?」
「いえ!私は基本補佐です。それに、問題はそれだけではありません」
「え?何が?」
少女が問い掛ければ、レイエンが乙女の方を見る。乙女は目を細めて、顔を顰めている。
「フユ様の扱いですね。黒龍様の使いとの事ですが、本当かどうか。さらに、本当ならば、指揮権はフユ様に預けるべきかです」
乙女にも、少女にも言い聞かせる。
少女は悩むが、乙女は即座に答える。
「私はイヴに従う。それが黒龍からの命令だから」
「左様ですか」
バチバチと音が聴こえそうな、視線の争い。
そんな事態であるが、少女はどこ吹く風で、考え事をしている。
うーん。本物だよね。フユさん。
翼があったし、嘘には思えない。
それに、気付かれたらマズい嘘を、しかも騙ったら国で最も重い、黒龍様についての嘘を言うとは考え難い。
まあ一応、フユさんを使い様だと証明する方法考えないと。
あとは指揮権か。どうしよう。
レイエンさんも、フユさんも、やる気無いらしい。
私かあ。自信ないんだけどなあ。
「フユさんは本物です。それは私が証明します。あと、指揮権は任せたいんだけど?」
「駄目です!」
「駄目だよ!」
2人揃って否定された。
何よもう!意地悪。
やってくれたっていいのに。
プンスカ怒る少女。
少女の言葉を聞いたレイエンは、嫌々と言った様子で聞き入れる。
「イヴ様が仰るならば信用致します」
「いや、別に信じなくてもいいけど?」
「うーん。気が重いなあ」
会議と言えない会議は、ただ時間を浪費して行く。
大人気無い2人。プラス子供が1人。収拾がつかない。
そんな折。軍団長の部下である騎士が、注意をする。
「いい加減にして下さい!」
叱咤によって、各々は黙る。
そして、続け様に怒る。
「軍団長!フユ様が、本物かどうか判らないのは仕方がありません。ですが、あからさまに疑うのは失礼です!」
「し、しかし」
「考え過ぎです。本当に敵ならば、僕達は死んでいます」
レイエンの部下が説得すれば、乙女は煽る。
「そうそう。簡単だよ?イヴ以外なら」
「フユ様も!」
「え!?私も!?」
飛び火は乙女にも行く。
煽らなければ、いや、どちらにせよ怒られたであろう。
「あなたは新参者です。裏切らない保証は無いですよね?ですから、おとなしくして下さい!」
「えあ、う」
「そもそも、拘束したい位です。それ程疑うべきなんですから」
「あう。はい。ごめんなさい」
あまりの剣幕に、思わず謝る乙女。
少女はと言うと、オロオロと慌てている。
「イヴ様。部下を叱って下さい。それが、イブ様の御役目ですので」
「はい。ごめんなさい」
叱られて落ち込む少女。
少女自身が、人の上に立つべきでないと思っている。自分に自信が無いから、出来るだけの努力はするものの、決断力が欠けている。
誰しも最初は、経験が無いので仕方がないのだが、軍の場では言い訳は使えない。
叱責された少女は、注意を聞いて1つの答えを出す。
それは、覚悟。少女から他者への意思。それを宣言する。
それはスイッチ。
眠っていた記憶の欠片を呼び起こす。かつて、分けてもらった心。覇者の風格。
「フユ!私の命令は絶対服従!良い!?」
「え!あ、はい!!」
「次!レイエンさん、じゃない。軍団長!」
「は、はい!」
「私をサポートする事!わかった!?」
「しょ、承知致しました!」
2人揃って姿勢を正す。
初めて見る少女の凛々しい姿。
思わず従ってしまう。それ程の迫力。
「最後に。貴方の名前は?」
「はい!先の無礼に重ね、名を名乗らさせて頂きます。ラグレンと言います。大変失礼致しました!」
ラグレンと名乗った軍団長の部下は、深々と頭を下げて卓に叩きつける。
それは正に、ゴンッ!と言った感じ。
「そうですか。覚えておきます。あと、ありがとう。まだまだですが、私を支えて下さいね」
少女は告げる。
まるで、別人が少女に宿った様な雰囲気。
無垢な姿から一転、真に公爵だと納得出来る。
猫を被っていたのかと、疑いたくなる様な姿。
完全に、空気が変わってしまった。
思わず、乙女は本人かどうかが判らなくなってしまい、親友に訊ねる。
「あ、い、イヴ?」
「フユ。皆に証明して下さい。貴女の真の姿を見せれば、騎士達も納得する筈です」
「あ、えっと」
「返事は?」
それは、乙女が凍りつく程の冷たい声音。
身をもって知る事になった、黒龍への恐怖が呼び起こされる。
それは、服従以外の選択肢を無くす。
「は、はひ」
遂に乙女は半泣きになる。
乙女にしか見えないが、少女の右眼が輝く。
その輝きは、恐怖の鎖。
怖いけど、嬉しい。そんな歪な光。
命を貰った代わりに、全てを捧げると誓った。
文字通り、命を懸けて護らねばならない。少女を。約束を。
乙女は誓う。覚悟と共に。
乙女自身の大切な者へ。
かつて、アイちゃんと魂を半分こしました。
美冬の魂は、優しさが飛び抜けていますが、アイちゃんの魂と混ざり、色々な変化が起こっています。
また、本質はどうあれ、成長の過程で心が変化します。
優しい人が、優しいままとは限らない。と言う事ですね。
そこを、乙女は少しだけ見誤りました。