百五十二話 龍と神の戦い【後編】
気持ち長めです。
無機質な瞳の少女は起き上がる。
少女は少し固まって、不意に、乙女の方に振り返る。
少女と目が合い、なんとも言えない恐怖が沸き起こる。背筋が固まり、無意識に喉を鳴らしてしまう。
「ここは?」
そう言った少女は立ち上がり、胸に手を当てている。首を傾げ、手が赤く光ったと思えば、傷は跡形も無く消えていた。
「寝ているのか?勘違いをしたとか?傷は元人間としての錯覚?それなら、記憶が消えた弊害か」
少女は、ブツブツと独り言を喋り、右目に手を被せる。
「うぐっ、無理か。記憶すらも。これは間違い無く怒っているな。仕方ない」
少女は諦め口調で、もう一度乙女の方に向き直る。
「おい、そこの人間。訊ねたいことがある」
有無を言わさぬ脅し口調で、戦う前の少女とは思えない声音で、乙女に問いかける。
「あ、な、何?」
「私の大切な妹。ああ、いや。私を殺そうとした奴を知りたい」
「あ、それ、は」
私だ。私がやったのを知らないらしい。だから知りたいんだ。誰がやったのかを。
白状したらどうなるんだろう?
殺、されるかな。
「知らないのか?」
「えっと、もし、答えたら?」
「そいつを殺す。当然だろう?」
それもそうだよね。殺されそうになったんだもの。反撃をするのは当たり前。
「あ、その。はい」
「それは肯定か?否定なのか?」
「知ら、ないです」
「ふむ?」
バレてない。黙っとかないと。本当に殺される。
あの子とは違う。明確な殺意。
「疑わしきは、か」
「え!?」
「本当に知らないのか?まあ、知らなくても仕方ないか?」
「こ、殺すの?」
「返答が怪しいからな。知っていたなら、生かしてやっても良かったが」
う、嘘。どうしたら。
あ!
みーちゃんかどうか、確認しないと。
そして、せめて死ぬ前に謝ろう。
悔いが、残らない様に。
「ねえ?あなたは、みーちゃんなの?」
少女は眉を顰め、口が開く。
そして、ゆっくりと、乙女の質問に答える。
「私はみーちゃんではない」
「あ、そう。なんだ」
アッサリと否定をされ、完全に未練が断ち消えてしまった。
次の一言を聞くまでは。
「その名に聞き覚えがある。私の妹。妹の名前が高里美冬と言う。確か、そのあだ名で呼ぶ者がいた筈だ」
「うぐ、あ」
衝撃の事実を聞かされ、乙女は苦悶する。
後悔の波が、乙女に打ち付ける。
悔やみ、自然と懺悔する。
「また、私は殺そうとした。馬鹿。私の大馬鹿。私の所為で」
「また?どう言う意味だ?」
「え?あ、違」
乙女は否定しようとした。
が、それより早く、少女が乙女の首を掴む。
地面に叩き伏せられ、首が絞まる。
「う、ぐ」
「お前だったのか?」
「あ、違」
否定をしようにも、声が出せない。
息が苦しく、何も考えられない程に頭が混乱する。
憎悪の光に晒され、抵抗する気も無くなってしまった。
後悔の涙は左右に触れて、流れていく。
「知ら、なかったの。私。あなたに謝りたかった」
「謝れば済むと思っているのか?」
「違う。だから、伝えて」
せめて、未練を絶っておこう。
そう思ったら、少女の握力は緩む。なぜ緩んだのかは、乙女にはわからない。しかし、少女はほんの少しだけ、怒りの気配が和らぐ。
「お前を殺してやろうと思ったが、ヤメだ。だから、選ばせてやろう。妹の親友に対する情けだ」
「何、を?」
「妹を狙った者を赦す訳にはいかない。だから、今ここで死ぬか、私の血を飲むか、選べ」
「血?」
「ああ。飲めばお前は龍と成り、妹の眷属になる。それは、一生逆らえない事を意味する」
「私、は」
眷属。奴隷?みたいな物かな。
でも、もう嫌。
私。何をしていたんだろう?
自分の意志で生きる事も出来ずに、挙句には親友を、今度こそ自らの手で。
生きるのも嫌。あの子の側に居たら、一生引き摺らないといけない。
「もう、いや」
乙女がそう言えば、少女の手に力が入る。
抵抗する気は無い。それを理解したのか、少女がある一言を告げる。
「残念だ。美冬と会ったら、お前のやった事を包み隠さず説明してやる。そして、逃げた負け犬として、あの子が死んだお前を罵倒する様に、洗脳して見せようか」
少女が嗤い、乙女の心を抉る。
「そ、それは」
「ならば、生きてみせよ。本当に死にたいのか?」
「だって、なんて言ったら良いのか。わかんないよ」
乙女は涙を流し、少女に縋る。
「会って、自分で謝れ。そのチャンスを与えてやった。掴むのはお前だ」
「無理、だよ」
「そうか。美冬はお前の事を親友と思っていたのにか?なら、あの子が起きたら、美冬の所為で自殺したと伝えるとしよう。きっと泣くぞ?‥‥‥自殺するかもな」
「やめて!」
乙女は咄嗟に乞う。
また、私の所為で死ぬの?
それ、だけは嫌。
あは、は、は。
一生あの子の為に生きるしか無い。
そうする事でしか、償えない。
もう逃げる事すらも出来ない。
「わかった。なんでもする。だから、お願い」
「最初からそう言っていれば良い」
少女はそう言って、左手に傷を入れて血液の球を作り上げる。
液体を魔力で包み、ふわふわと浮かんでいる。不気味に赤黒いソレは、見るからに危険な物。
乙女はソレを受け取る。
受け取ったのを確認した少女は、ソレを飲む様に促す。
「早く飲め。私には時間がない」
「あ、えっと」
「あと、伝えておきたい事がある。二つ程な」
「何?」
「美冬は、お前を恨んでいない。だからきっと許してくれる。今回は知らん」
「え?それって」
「次!人如きが龍に成るのだ。精神を強く持っておけ。並大抵の苦痛ではない。死ねば良かったと後悔する程のな。だから、覚悟をしておけ」
「‥‥‥わかった」
「妹を頼む。私の大切な妹なのだ」
「あ、」
少女は返事を聞かずに、そっぽを向いて寝転ぶ。まるで、照れているかの様な素振り。
呆気に取られた乙女は、固まってしまうが、決意を胸にソレを呑む。
何も起こらない。そう思った矢先。
体が、全てを拒む様な、嫌悪感に包まれる。
それは痛み。あるいは、苦しみ。
何かに刺される様な。何かが体から離れようとする様な。
痛い。痛い。痛い。
苦しい。辛い。
駄目。耐えられない。
あ、ごめんなさい。みーちゃん。
無理、かも。
助けて。みーちゃん。
ふわふわと浮かぶ少女。
どこからとも無く、声が響いて聴こえる。
《クロ、起きて》
『‥‥‥誰?』
《貴女の親友ですよ》
『アイ、ちゃん?』
《‥‥‥いいえ。違います。ですが、貴女に助けを求めている者が居ます》
『そう、なんだ』
《ええ。貴女は親友を見殺しにするのですか?早く起きないと、手遅れになりますよ》
『え!?じゃあ、起きる』
《そうですよね?》
『うん!あ、それよりあなたは?』
《‥‥‥内緒です。それより急いで》
『あ、うん。また、会える?』
《‥‥‥頑張って下さい》
少女は勢い良く目を覚ます。
何か夢を見ていた気がする。思い出せない。
少女が体を起こすと、声が聞こえてくる。
「ごめんなさい。みーちゃん、ごめんなさい」
「あ、」
助け?を求められた。筈。
血が、飛び散ってる。この人のかな?
みーちゃんって誰だろうか。わかんない。
でも、この人は苦しんでる。
苦しんでる人を助けるのは当たり前。だっけ?あれ?
まあ、いっか。助けよう。
少女は乙女を顔から抱きしめ、お腹に埋める。
そして、安心させる様に言い聞かせる。
誰かの名前を借りながら。
「みーちゃんが助けに来たよ。だから、大丈夫」
「あ、みー、ちゃん?」
「そうだよ。だから、ゆっくり。落ち着いて」
「あ、あり、が、とう」
安心したのか、乙女は寝息を立て始める。
戦いは収束した。少女の奇跡の力によって。
結構これでも、マイルドに書いたつもりです。
さて、これにて六章終わりですね。
これからは、少女主観になります。時折バトンが変わるかも?
久しぶりにアイちゃんが出て来ましたね。
割と冷酷なのですが、妹が絡むと本当に。全く。
アイちゃんの再登場は、当面無しですね。
次章は、二人の擦り合わせからですね。
とっととそれを済ませて、進みたい。
という作者の願望です。