百五十一話 龍と神の戦い【前編】
勝負の天秤は乙女の方に傾いていた。
雪が舞っている。
吹雪が巻き起こっていて、乙女の有利な環境である。
これは、狙っていたわけではなく、戦いの最中自然とこうなった。
黒龍に近寄られない様に、一定の距離を維持しつつ、氷の弾丸を飛ばして行く。
黒龍は、それらを回避するだけで精一杯の様子で、向こうは遠距離魔法が使えないのだろう。一方的に攻撃出来ている。
油断は出来ない。
まだ、私の攻撃に慣れていないだけで、いずれ反撃に転じるのは間違いない。
この猛吹雪も、効いていないのかもしれない。
だからこそ、私は焦っていた。
かすり傷は負わせているものの、逆に言えば、その程度だと言う事。
私には最強の盾がある。でも使わないに越した事は無い。
だから、早く終わって。
乙女が雑念に気を取られた瞬間。
少女が弾幕の合間をくぐり抜けて肉薄する。
マズい。
そう、思った時には遅い。黒龍が私の盾を殴る。
内心かなり焦ったが、障壁は攻撃の無力化に成功する。そして、反撃をしようかと思った時には、距離を取られてしまった。
「どう、しようか?」
少女が何かに向かって問い掛ける。
答える者は居ないので、代わりに私が答えてあげる。
「時間の無駄だよ。だからさ?大人しくしてくれる?」
「本当にそうかな?」
「あなたの攻撃は無駄。今、理解出来たでしょう?」
そう。私の言った通り、黒龍の攻撃は無駄。
私も、攻撃を当てれてないけれど、相手は無傷ではない。
だから、不安を煽る為に、丁寧に言い聞かせている。
「勝てないって理解してても、負ける訳にはいかないの。それに、まだ、わからないよ?」
「そう?私が油断しなければ近寄る事さえ無理な癖に?」
「次は本気で行く。肉体強化!」
少女は言葉を宣言して、乙女に詰め寄る。
咄嗟に乙女は迎撃したが、氷の槍は、小さな的に当たる事は無い。
乙女は内心焦っている。魔力が尽きる心配はしていないが、どれだけ揺さぶろうとも効果が見られない。
まるで、心が見透かされている様で、苛立ちが募る。
また、当たらない。
なら、また連射するだけ。
そうだ、いい事を考えた。わざと隙を作る。
そして、目の前まで近寄らせて、相手の急所を射抜く。
あいつが距離を取ったのは、近すぎると、私の攻撃を躱せないから。
あいつの攻撃が、無駄なのが解って良かった。安心して、待ち構えられる。
乙女の暴風雪とも言える攻撃は、少しだけ和らぐ。
少女は、それを勝機と見据えたのか、再度肉薄してしまう。
強化された拳は、障壁を砕く事に成功した。
しかし、乙女の盾は分厚く、幾重にも障壁を重ねていた。
少女は確かに、手応えを感じた。壁を砕いた感触。しかし、相手は無傷。その時に理解した。届いていなかったと。
そして、理解が遅かった。
小指の爪程の弾丸が、少女の胸元を貫く。
絶望と悟った様な声音が、少女の口から漏れる。
「あ、」
弾丸の勢いに引っ張られて、少女は仰向けに倒れる。
胸から血が流れ、瞳が輝きを失くしていた。
危なかった。まさか、本当に砕かれるとは。
念の為、障壁の枚数を増やしておいて良かった。あのままだと、負けてたかも。
いや、それよりも。やってしまった。
乙女は少女を目で捉えて、自身の起こした結果を噛み締める。
あんなに小さい子を殺してしまった。
せめて、その綺麗な顔だけは傷をつけたくない。
ごめんね。
せめて、あなたが黒龍では無かったら良かったのに。
パクパクと口を動かしている女の子。
小さな声を発していて、それが気になったので、耳を傾ける。
「‥‥‥‥さい。アイちゃん」
最後だけ聴こえた。
その聴こえた単語は、乙女の中で、光よりも早く駆け巡る。
「え?」
思わず疑問が浮かぶ。
今、なんて?
アイちゃん?
え?嘘?
いや、まさか?
あの子は私をアイちゃんとは呼ばない。
そう。だから間違い。‥‥‥そんな筈は無い。
乙女は否定する。
しかし、不安は消えない。
否定しながらも、乙女は少女に近付く。
「ごめんなさい、アイちゃん。約束守れなかった」
違う。違う筈。
でもなんで?この不安は何?
違うという保証も無い。いや、でも。
あ、まだ、間に合う。
乙女は、少女を膝枕で抱き抱え、一度も使った事の無い魔法を発動する。
青色の輝きは、黒髪の少女を包む。
しかし、血が止まる事は無かった。
「なん、で?効かないの??」
魔法を発動しても、少女の傷は癒えない。
乙女は涙を流す。取り消せないと知ると、色々と調べないといけなかった事を思い出す。
瞳の色が青色だった。片方だけ。でも、あり得る。
見た目は子ども。でも、女の子。可能性はある。
情報のいくつかは、合っている。女神様の結婚した相手が、黒龍では無いとは、誰も言っていない。
なのに、この子が親友かどうかを確かめる事すらせずに、命を奪ってしまった。
確かに違うかもしれない。
だが、違わないとも限らない。
もし。違わなかったら?
乙女は理解してしまう。重大なミスをしてしまったかもしれない。
それを確かめたいと、後悔しても遅く、涙は流れ続ける。
少女は目を閉じる。
乙女は嘆く。
そして、それに呼応してなのか、赤色の稲妻が少女から発せられる。
死んだと思しき、黒髪の少女。しかし、少女は起き上がる。
元の少女からは、発することの無い筈の雰囲気を纏いながら。
すみません。
一話で済ませたかったです。
でも書いてて思いました。あ、無理だ。(絶望)
というわけで、後編に続きます。
勝敗は乙女ちゃんの勝ち!
敗北者トカゲは次話も頑張ります。
あ、あと、次話は少しキツいことになるかも。
先に謝っておきます。m(*_ _)m