百四十四話 誤解の形
乙女が新たな居場所を見つけて、早くも7日が経った。その頃になると、粗方の仕事は覚え始めていた。
元々、働いていたこともあり、周りの人と比べて物覚えが良いので、店主からは懇切丁寧に教わっている。
その効果もあってか、乙女は伸び伸びと仕事をこなす事が出来たので、それにより相乗効果が生まれていた。
実際、仕事の内容自体は難しく無く、依頼された物を他所から持って来るだけ。
商売は買ってくれる者が居なければ成立しないのは基本だが、そもそも乙女無しでもやっていけていたのだ。
買い手は存在するので、その人達との事前取引のやり方を教えて貰えれば誰でも出来る。1番重要な「買い手」さえ居れば良いという訳だ。
では、乙女本人が言う通り、乙女は要らない子なのか?と言えばそうでもない。
乙女が、店頭に立って働いていると、あるお客さんが来た。
乙女はかつて働いた経験を使って、見事に接客をして見せた。
その人は、この街のいかにもな兵士だったのだが、丁寧な接客の態度に感心した。
普通は兵士が来たならば、態度を露骨に変える店員の方が多い。
街を守ってくれている者に、「そんな馬鹿な」と思うだろう。だが、兵士の仕事は最下級の仕事であり、見下す者が非常に多い。
同じ街の人間相手に、商売人はそういう感じの、偏見を持つ者が多いという事だ。
乙女はそんな相手に、というよりも誰に対しても分け隔て無く、(正確には等しく下に見ている)商売人として対応した。
見目麗しい乙女は、普通に接しただけなのだが、それだけでも好印象に映ってしまう。
冒険者の頃は、不快感を隠さなかったので嫌われてしまったが、今はそれを隠しているので気付かれていない。
内面でどう思っているのかさえ見せなければ、乙女は嫌われる要素は無い。
嗚呼、悲しきかな乙女の孤独。
態度が悪ければ内心親切でも嫌われる。
例えば、誰かの為にあえて嫌われて突き放したならば、真に理解する者が居なければ意味が無い。それは他者からただの悪者に映る。
良い事をして、それをアピールするのが上手い。こうして初めて他人から評価される。
まあ、アレは乙女の親切だったかと言えば別に違うのだ。しかし、乙女も化け物と言われるとは思わなかった。乙女の感情は
「助けたんだから、感謝されるよね」
こんな気持ちだった。結果は違った。
故に心は折れてしまった。
仕方無い事かもしれないが、群れとは異物を排除したくなるモノなのだ。
現在は、乙女は奇跡的に拾われて、半居候として生きている。
まあ、何が言いたいかと言うと、乙女は必死に仕事をした結果なのだ。
それが、兵士にとって良い印象を与えた。
兵士は街の2割にも及ぶ。そして、仲間意識が高いので、情報は拡散していく。
当然ながら、男しか居ないので、女性に関しての情報は爆速で広がった。
「とても綺麗な女性が、丁寧に接客してくれるお店」
こんな感じで。
そして、あっという間に2割に広がれば、さらに加速して噂は拡まる。
そんなこんなで、仕入れた商品は無くなってしまった。
なので、店主と乙女は店を閉めて会議をしていた。
「困ったな」
「売る商品が無くなりましたね」
「もう1週間は、持つと思って仕入れたんだが」
「こんなに忙しいとは思わなかったです」
「う、それはすまん。俺も予想外だ」
乙女の言う通り、ここ3日程は客がひっきりなしに訪れていた。
数日後に、また行商に行くかなと話し合っていた矢先である。
原因は乙女の所為だが、嬉しい誤算なので店主も文句が言えず、乙女は乙女なのでつゆ知らず。
「どうしましょうか?」
「まあ、無い物は仕入れるしか無い。つまり、予定の繰上げで、明日この街を出発しよう」
「わかりました」
「そう言えば、給金を決めていなかったな」
店主はそう言って、小袋を取り出して乙女に手渡す。
乙女は首を傾げながら、それを受け取って質問を繰り出す。
「これは?」
「フユさんの給料だな。生活費は引いたが、何か不満があったら言ってくれ」
「え!?こんなに?」
乙女は貰った給料の多さに驚く。
忙しかったのは間違い無いが、貰った袋は結構重たい。働きに見合うかと言えば、そうは思わないくらいには。
不満は無い。
拾って貰って、仕事まで与えてくれたのだ。さらに、給料も予想よりかなり多い。
足手まといかつ、迷惑もかけた。なのにこれだけ貰えるなら頑張らなくては。
乙女はそう思い、首を勢いよく横に振る。
すると、店主は笑いながら乙女に言う。
「良し!それなら明日からの予定を決めるか」
「はい。あ、でも、あの町は」
乙女は重々しく、店主に願いを伝えようとする。
すると、店主は察したのか、1つ頷いてから乙女を安心させる為に言う。
「ルコの町には行かないさ。訳ありなんだろ?もし、行く時には留守番を頼む事になるかな?」
「あ、えっと。はい」
「まあ、留守番も嫌なら行かない選択肢も有りかな?」
「すみません」
「良いさ。気にするなよな」
乙女の為に気を遣う店主。
店主が、もう1度あの町に行けば、秘密は知られてしまう。間違い無く、全てを隅々まで。
実際には、ルコの町に行かなくても、時間は掛かる事になるが、知られてしまうのは間違い無い。
それを乙女は理解したので、涙を浮かべた上目遣いで店主にお願いをする。
「あの町に行かないで」
その表情は、全ての異性の庇護欲を刺激する様な憂い顔で、例外無く店主に、クリーンヒットする。
「あ、あぁ」
当然、店主は断る事も出来ずに頷く。
乙女のお陰で、店主の予定は狂い続ける。良い様な、悪い様な曖昧で、何とも言えない。
それでも、乙女にはルコの町がトラウマなのだ。お世話になった人が居るのに、帰ることが出来ない程に。