百四十三話 道標
商会を出た乙女は、先程に続いて街を歩いている。
未だ街を歩いている理由は何か?それは、他の取引先に、乙女を紹介するのが目的である。
そして、その道中で、乙女は色々と振り返っていた。
私は、仕事を覚えるのに必死で、恐怖を心の底に沈めて誤魔化していた。
しかし、立ち直ろうとした時に、あっさりと秘密を知られてしまった。
まあ、結局は何事も無く、私はここに居ても良いらしい。嬉しかった。思わず泣きそうになったけど耐えた。
え?泣いてないもん。泣く訳ないし。この年齢にもなって。子供じゃないんだから。
乙女は脳内で独り言を呟いた。
誰も聴いていないのに、言い訳を述べるかの様に。
そして次々と、レルクさんのお得意様を紹介されつつ、自己紹介を済ませていく。
人脈の数は多く、同様に取引の種類は様々。生活必需品から娯楽等、それらは多岐にわたる。
それ故に、色々な人との雑談を聞いた事で、レルクさんがどんな人か理解出来た。
聞く前からは予想していた。それを一言で述べるなら柔和な優男。
困っている人がいたら、助けるのは当たり前。頼まれたら、つい断れない。
周りからも信頼されていて、努力を惜しまなかったのが見て取れる。
第三者の口振りを聞いた所、そんな風に判断した。
皆から必要とされているであろう事が理解出来て、羨ましく感じる。
だが、憧れはするものの、乙女の心は荒れる事はなかった。
助けられた乙女の心は久しぶりに、己を取り戻す事に成功する。
負けない。絶対に。
この人はすごい人。今まで努力をしてきた人。だって、この人の今は、努力の結果なんだもの。
じゃあ、私は?
足りなかったんだろうね。努力。でも、だから何。なら、私はもっと頑張れば良い。そうすれば、あの子に会いに行ける。
今度こそ、何があっても死なせやしない。
女神である私が、必ず護ってみせる。
乙女は誰かの為に決意する。
取引相手達への紹介は全て終わり、一応は挨拶も出来た。
乙女1人だったら、ボッチ故、不可能だったかもしれないが、仲間が居たから少しずつ苦手を克服していく。
とは言え、冒険者と会うと、途端に駄目駄目になるかもしれないが。
何はともあれ、乙女の新しい家へと帰れば仕事は終わる。
まだ時間は夕方だが、この仕事はこの時間に終わるのが普通らしい。店主は未だ働いているが、もう終わりと言われてしまえば、乙女が文句をつける訳にもいかない。
親切心から言われているのだろうから、より逆らえない。
そしてそのタイミングで、店主は乙女に、今日の感想を訊ねてみた。
「フユさん。どうだった?」
「どう、とは。そうですね。レルクさんは凄いですね」
「え!?急になんだい?」
「皆さんとの会話を聞いて思ったのが、この感想です」
「う、うーん。まさか、そう答えられるとは思わなかったな」
「なので、頑張ります!」
乙女は両手を握り込み、男性の目の前で宣言する。
乙女はやる気に満ち、希望に溢れ、未来を想い描く。
店主はそれを見て、和かに笑いながら乙女に激励を贈る。
「そうか!俺も出来るだけ助けるから頑張ってくれると嬉しいな」
「はい。どうぞ宜しくお願いします」
乙女は改めて、挨拶をする。次こそは頑張れる様に、祈りを込めながら。
「素直な良い子だな。ウチには勿体ないくらいだよ」
「う、そう言われると照れます」
乙女は褒められる事に、と言うかお世辞に弱い。お調子者で、褒めてとアピールをする癖に、いざストレートに褒められると、形勢が逆転してしまうのは、昔から変わり無い。
それもあって、乙女はかつての親友に、お互いを褒め合うと言った、意味の分からない口喧嘩では連戦連敗。
この勝負は、乙女が弱すぎる上に、その親友は褒められても毅然としている様に映る為だ。
まあ、その親友は内心照れていても、表情に出なかっただけなので、冷静に観察すれば、乙女なら勝てる可能性はあった。
その変化は、乙女なら見極める事が出来るのだから。
褒められた乙女は、顔が赤くなり照れてしまう。その姿は、とある少女によく似ているがそれを知るものはここにはいない。
そして店主は、褒めただけで、まさかこれ程可愛らしい反応をされるとは思わず、思わず硬直してしまう。
乙女も黙ってしまい、沈黙が場を支配してしまう。
気不味い空気になってしまったが、店主はそれに耐えきれず、再度会話を試みる。
「その、ご飯にするか?」
「あ、はい」
結局、会話は殆ど続かない。しかし、嫌な空気ではない。
そして、乙女は食事の後、明日の仕事に備えて眠りにつく。
こうした日常は、乙女に小さな幸せを運んで来る。
ゆっくりと心を溶かして行く甘い日々。その日々が、目標に向かって歩く為の勇気を与えてくれる。
例え間違ったとしても諦めない。
かつて教わった通り、やり遂げる。
いつもと変わらない決意で、乙女は己の心を引き締める。
前向きで、ひたすらに真っ直ぐ。愚直なまでに純粋。止まることは不可能。
乙女は地に足をつけて、ゆっくりと歩み始める。大地を踏み締め、運命の戦場まであと少し。
そして、その運命の結果は、乙女の心に深く刻まれる事となる。
「幸せと後悔」という結果を
タイトル公開しました。
こうかい-かいこう‥‥‥だからなんだという事ですね。黙っときます。
さて、今回の章では、乙女のストレスフルな話ばかりです。それはもう性格が変わる程には。
イヴも前世の性格とは少し変わってしまいましたが、とある親友のお陰で、悪い方向には行ってないですね。
やはり、信じるべきは、大切な友だということでしょうね。