百三十七話 旅立ち
町の防衛に成功した日の夜。
老婆に詰め寄るムキムキな男性。
それはさながら、強盗の様に見えるだろう。
男性が、悪い事をしている訳では無いので、実際には違うのだが、老婆は申し訳なさそうに答えている。
「すまないね。戻って来て、すぐに何処かへ行ってしまったんだよ」
「あの子が、こんなに遅く戻る事は、今まで無かったんだぞ!」
「うちの馬鹿どもの所為だね。素直な良い子だってのは知ってる。本当に申し訳ない」
老婆は謝るものの、男性の怒りは収まらない。
老婆から受けた、説明に対して愚痴を溢している。
「最近様子がおかしいと思っていたんだ。化け物だと?助けて貰って、礼を言わないお前らの方が、よっぽど異常だよ」
男性は、そう言ってギルドを飛び出す。
捨て台詞を吐いて、1人だけでもと思い、捜索を開始する。
同時刻の乙女はと言うと、ゆっくり歩いていた。
そして、動かしていた足を止め、後ろを振り返る。
そこには、遠目から見た町が映っていた。
町の周辺は少し荒れていて、まるで、山賊にでも略奪されたかの様な、ボロボロ。
乙女は、唇を噛み締めてから前を向く。
再度足を動かして、一定の速度で歩き始める。
辺りは暗く、とても静かな夜である。
寂しげな乙女は、1人脳内で思考を動かす。
鳥になりたい。
何も考えず、大空を自由に飛びたい。
あるいは、猫。
自由気ままに、生きたい。
乙女は、現実逃避をしていた。
考える事が嫌で、全てが嫌いになった。
だから、人間以外に憧れを抱く。それ自体に、意味がない事は、乙女自身も理解している。
しかし、現実を忘れる努力をしなければ、乙女の全てが死んでしまいそうで、一種の防衛本能が働く。
そして、誰とも出会うこと無く、勢いのまま旅に出る。
疲れている足はただ、決まった動きのみをとり続ける。
飲まず食わずで、ひたすら歩く。
足が止まるのを恐れ、己のリミッターを外す。
どこが限界なのか、わからない。それでも歩く。親友を探して、延々と。
遂に乙女は、倒れてしまう。
意識も曖昧に、脳内で独り言を繰り返す。
まだ。私は、会ってない。あの子に。
歩かないと。止まりたくない。
置いてけぼりは嫌だ。私を、連れてって。
乙女の意識は途切れ、夢を見る。
少しうるさいけど、心地よい環境で、机に向き合う2人の女の子。
蝉の鳴き声が聴こえ、その音と共に喋りながら、私は後ろに倒れ込む。
「あー、もう嫌だー」
「ダメだよ。早くやらないと」
私が怠けていたら、親友が叱ってくれる。
「ほら、折角手伝ってるんだから。宿題やらないと」
「えー?ミーちゃん終わってるんでしょ?答え見せてよー」
「それは駄目。意味が無い」
「ずるいよ。私を置いてくなんて」
「一緒にやってたのに、サボるからだよ」
「いや、だってさあ」
「夏休みも明日までだよ」
「あー、嫌だー」
とても暖かい思い出。
乙女は、幻を見ながら目標を定める。
己を取り戻す為の、目標。
黒龍を倒す。その後、あの子を探す。
黒龍を超える。女神様を倒した敵。
黒龍は踏み台だ。私が強くなる為の。
私は竜王を倒したんだ。黒龍も倒せる筈。
手当たり次第に、なんでもやろう。
私は、あの子に追いつくんだ。
夢現に決意を固める。
しかし、乙女は眠ってしまう。
疲労は蓄積しており、いかに女神と言えども、限界はあるのだ。
乙女が倒れていた時に、1つの馬車が通りかかった。
その者は、行商人で、あの町から出立したばかりである。
時刻は、およそ昼頃。乙女が気絶してから、丸一日以上。
「ん!?女性?が倒れているのか?」
行商人の男性は、馬を止めてから乙女に近寄る。
うつ伏せで眠っており、揺すって起こそうとして触った所、非常に体温が高く、客観的に見て、間違い無く遭難している。
取り敢えず、仰向けにしてから、身体を揺らしてあげると、意識を取り戻した様だ。
「あ、ここ、は?」
「大丈夫か?」
「私、そうか。倒れたんだ」
少しおぼつかない様子の美少女。
その子は、何かを恐れる様な表情で、男性を見た後に、お礼を言う。
「助けてくれてありがとう。では、私はこれで」
乙女は、そう言って立ち上がる。
恐らく、立ち去ろうとしているのだろう。
身体を反転させる。
その時、反転したと同時だろうか?
可愛いお腹の鳴き声が聴こえた。
遭難していたのだから、至極当然である。
そして、それが恥ずかしかったのだろう。
乙女は固まった。
少し震えており、今にも逃げそうだ。
しかし、行商人は乙女に優しい言葉を掛ける。
「飯、食うか?」
「い、いえ。その、別に」
行商人は、聴かなかった事にしつつ、食事に誘った。
だが、変に疑り深い乙女は、それを断る。
「丁度なあ、飯が余ってしまいそうでなあ。誰か、食べてくれたらなあ」
なんとも、わざとらしい行商人。
確かに、長距離を移動するならば、食料は多めに積むのは間違い無い。
しかし、人に分けてやる余裕はない筈だ。
その事は、乙女も理解している。
だが、あまり断るのも悪い。
後は、一応お腹が空いているから。
乙女は納得する事にした。
「じゃ、じゃあ、うん。仕方無くだもんね。うん。仕方ない」
完全に乙女の思考は、食欲に乗っ取られてしまった。
行商人は、笑いながら火を起こし始める。
すると、あっという間にご飯を作り上げてしまう。
一応乙女は、遠慮しながら頂く。
しかし残念ながら、遠慮したのは一口までで、凄い勢いで、乙女は食事をするのだった。