百三十六話 伝説の後
乙女はただ、ひたすらに敵を倒した。
障壁を維持しつつ、視界に入った動く的に、氷の弾丸を飛ばした。
気付いた時には、敵は居なくなっていた。
乙女の魔力は切れかけ、息も荒く、意識も虚ろ。
ゆっくりと戦闘の熱は冷め、乙女は意識を取り戻す。
何故だろうか?竜王と対峙した時から、記憶が少し曖昧だ。
倒したのは理解してる。どうやったのかも。
ただ、あの時、私は何かに、白く塗り潰された様な感じだった。
不思議な感覚。なんとなく、クセになる様な。
ふわふわしてて、眠い様な。
少し、体が熱い。そして、怠い。
乙女は、気怠げに町へと戻る。戦果を喜ぶ事も無い。
一応報告の為に、ギルドマスターの所へ行こうと、町中を歩くと、人の波は二つに分かれ、道が作られる。
今の乙女は、この事態を深く考える事も出来ない程に、疲弊してしまっている。
ゆらゆらと揺れながら、乙女は目的地の建物の中に入る。
すると、大騒ぎしていた空気は固まり、一斉に黙ってしまう。
流石の乙女も、異変に気付き、進むのを躊躇する。
人々は、ヒソヒソと話し、化け物だとか、人間じゃねえだとか、言っている。
話すのならばせめて、乙女の耳に入らない様に会話をすれば良いのに。
「あ、」
乙女は、事態を受け止められず、半歩下がる。確かに、認められたくて、やった訳では無い。
乙女は、笑う。
「あは、は。お呼びじゃなかったね」
状況を理解して、乙女は感情を消す。
そうしなければ、泣いてしまいそうだったから。
その時、乙女の何かが壊れ、何も感じなくなった。
乙女の心は凍ってしまい、無機質な氷そのもの。
乙女の周りに、不自然な雪が降り始め、乙女は帰ってしまった。
ギルドの中の空気は冷え、喧騒は乙女と共に、幻の如く消えていった。
乙女は、ボロボロの身体を引き摺って歩く。
何かを言い返す事さえ出来ず、惨めに町を歩く。
町を歩く乙女に、後ろ指を指す人々。
乙女の頭の中は真っ白で、あの時と同じ。
忘れられない過去。それは、今、乙女に牙を剥く。
私が悪いんだ。私のせいで。
何がダメだったの?
今回は、私、頑張ったよ?
ねえ、教えてよ。ミーちゃん。
乙女は、記憶に問い掛ける。
いつだって熱心に教えてくれた、記憶の中の親友。
勉強は得意なくせに、少し鈍感な親友。
でも、妙に鋭い。
そんな、大切な、私の親友。
私のせいで死んだ。
私は、大事な親友を殺したんだ。
乙女は涙を流し、泣き始める。
心は壊れたが、足は動き続ける。止められないのだ。
涙は枯れて、気付けば夜になっている。
心は帰る場所を見失ってしまい、乙女は路地裏に居る。
少し眠っていたらしい。しかし、お腹は空腹を訴え、身体はひどく重い。
「お腹、すいたな」
静かな場所で、乙女の声のみが響く。
孤独で、活力も無い。
そんな乙女は、ふと上を向く。
夜空を眺め、星々を観察する。
「あの時は、星座の本だったかな」
乙女は、前世を読み返す。
親友は、常に何かしらの本を読んでいた。
親友のおうちに泊まった時に、読んでいた本が気になって、本の名前を尋ねてみた。
「なにそれ?」
「ん?これ?」
「うん。なに読んでるの?」
親友は、本を傾けて表紙を確認している。
そして
「星座について」
「好きなの?」
「別に。まあ、普通」
「ふーん。なら、探してみようよ。折角なんだし」
私が提案したら、黙って頷く親友。
嫌なのかどうか、相変わらず、わからない親友。
何はともあれ、適当に本の中の星座を選ぶ。
「じゃあ、コレ!うさぎさん」
「いいけど、なんで?」
「え?うさぎさんは、良くない?」
「違う。まあ、なんでもない」
「気になるんだけど」
「簡単に見つかるから、醍醐味が無い」
「そうなんだ」
「取り敢えず、オリオン座を見つけよう」
他愛の無い思い出。
記憶をなぞり、星座を探す。
しかし、目標が見つかる事は無い。
乙女は助けを求める様に、記憶を辿ったが、希望は朝露の如く溶けて無くなる。
乙女は眠る。深く。苦しみから逃れる為に。
その時、乙女の帰りを待つ者がいた。
肉屋の店主である。
今日、魔物の群れが攻めて来た事は知っている。
そして、どうやら撃退したらしい事も。
道行く人々は、陽気に踊り、楽しそうだ。
その事からも、簡単に結果は予想出来る。
だが、フユの帰りが遅い。
冒険者として働いているから、死んだのかもしれない。
だが、あれ程の美人なら、前には出されない筈だ。
だから、生きている事は間違い無いと思っている。
それはそれとして、フユの様子が、最近おかしい。
仕事中、上の空で地に足がついてない。
業務をこなしているから、問題は無いと思っていたが、そもそも元気が無い。
ついこの前、励ました時には元気だったと思う。
それでいて、今日の帰りが遅い。
いつもは、夕方には戻るのに。
店主は、イライラし始めて、店内をぐるぐる回っている。
その様はまるで、娘を心配する父親の様。
暖かくなって来たとは言え、未だ寒い。
それ故に、店主は居ても立っても居られずに、店を飛び出す。
行先はギルド。
そして、店主は問いただす。
乙女について、店主は色々と、知る事になるのだった。
そういえば、外伝の方に情報を投稿してます。
良かったら、見てくださいね。
m(*_ _)m