百三十五話 銀の死神
魔物の群れが、町に接近する目標の時間から数刻前。
ほぼ全ての、戦える人は配置についていた。
乙女はその時、ギルド内に居た。
指示を与えられていた訳では無く、時間を潰しがてら、ギルドマスターと、椅子に座って会話をしている。
「ねえ?なんで私は、自由なの?」
「うん?指示が欲しいのかい?」
そう問われた乙女は、自問自答する。
やる事が無く、特に何も思わず質問した。
私は、働きたかったのだろうか?
いや、命令されるのは好きじゃない。
だけど、協力した方が良いのかなとも思う。
質問に質問で返され、やや納得がいかない乙女。
それに対して、説明のつもりなのか、老婆が話す。
「まあ、私たちは、適当なのさ」
「良いの?そんなので」
「逃げたかったら逃げても良いさ。戦いたくないのに、無理をしたって仕方ないからね」
「優しさのつもりなの?」
「いや、そんな気はないさ。ただ、無理矢理だと、アンタは逃げるだろう?」
確かにその通りかも。
まあ、有難いと言えば、その通りだ。
「何よりも自分の命だ。冒険者とはそう言うものなのさ。まあ、アタシは老い先短いし、この町が好きだからね」
優しい瞳で、何かに耽る老婆。
この人は、そんなに悪い人じゃないのかも。
結局、私は自由にやるだけ。
そんな私の、気持ちを肯定してくれる様に、ギルドマスターは言う。
「戦いたいならそれで良い。嫌なら無視すれば良い。でも、ここに居ると言う事は、協力してくれるんだろう?」
「‥‥‥アテにはしないで」
「ヒッヒッヒ。素直じゃないね」
「うるさい。でもまあ、あの子なら、きっと」
乙女は、口から出かけた言葉を途中で切って、黙ってしまう。
老婆が、それに突っ込むことは無い。
その代わり、老婆はある言葉を、乙女に伝える。
「ありがとね。この町の為に」
「この町の為じゃ無い。‥‥‥私の為」
「だとしてもだよ。うちの馬鹿供は、どうしようも無いけど、まあ、素直じゃないんだ」
その言葉を聞いて、乙女は自嘲する様に言う。
「そう?むしろ、素直に嫌われてるけど」
「良い子なんだけどね」
「うるさい」
思わず、否定する。悪口では無いのに。
心が見透かされているみたいで、なんだか気持ち悪い。
でも、懐かしい様な何か。
頼られるのは嫌じゃない。
でも、利用されるのは嫌い。
助けるのは面倒くさい。
でも、お礼を言われるのは、多分嬉しい。求めてはないけど。
自分でもわかってる。面倒くさい女だって事は。
でも、これが私なんだ。
乙女は、悩みを断ち切って立ち上がる。
やると決めたからには、その仕事を全うする為に。
乙女は、ギルドを出てから外郭へと向かう。
人の壁を越えて、先を見据えれば、確かに遠目に何かが近付いて来ている。
それらは人では無く、四足歩行のものや、飛行しているものもいる。
間違い無く、魔物の群れである。
私以外もそれを認識したのか、雄叫びと共に群れに突っ込んで行く周囲の人達。
まるで戦争。統率の欠片も無い、両軍。
大切な物を守る為。あるいは、己の欲の為。
多種多様な人達が集まり、群れを成す。
魔物も人も、変わりないのかもしれない。
ただ一つ言える事は、お互いが敵同士だと言う事。
乙女は、周囲の人に任せ、少し下がる。
そもそも、大規模な魔法を使っては、一応の仲間に当たってしまう。
本当は、面倒だからであるが。
戦況は拮抗状態。
数は、大体同数。押し合いが続く。
しかし、次第に押され始めている。
個の強さでは、魔物の方が強い為、当たり前かもしれない。
少しずつ怪我人は増えている。魔物も怪我を負うが、身体の頑丈さにより、人間よりも、怪我に強い。
故に、拮抗は崩れかけていた。そんな時である。
「グハハ!我こそは竜王!矮小なる人間どもよ、大人しくひれ伏すがよい!」
人型の魔物が、大声で宣言している。
恐らく、この群れのリーダーだろう。
随分と傲慢に見えるが、とても強く、人間勢は歯が立たない。
たった1人?の魔物に、好き勝手されている。
複数人で、その魔物を攻撃するものの、たったの一薙ぎで、跳ね返されてしまっている。
そして、それによって、勢いを増す魔物達。
放って置いては、総崩れになると思い、乙女は前に出る。
その頃には、人々は逃げ、魔物に挑む者は居なくなってしまった。
乙女が、前に出たのが嬉しいのか、竜王は笑い、言葉を発する。
「ほお?勇敢だな。人間の小娘よ」
「もう、私しか居ないみたいだから」
「逃げても良いぞ?」
竜王は、侮蔑を含めた言葉で、乙女に言う。
その言葉を聞いた乙女は、鼻で笑ってから、鈴を転がす様な声音に変化して、問い掛ける。
「見逃してくれるんですか?」
「いいや?人間は邪魔だから、念入りに踏み潰しておくさ」
「そう、ですか」
心底残念そうに、乙女は呟く。
そして、言葉を繋げる。
「残念です」
言葉と同時に、魔法で氷の槍を作ってから、竜王に放つ。
油断した竜王は、成す術もなく、頭があった場所が、砕け散る。
血が舞って、遅れて体が倒れる竜王。
両陣営は黙ってしまい、まるで時が止まったかの様。
その空間で動けるのは、乙女のみ。
手当たり次第の、目に付く魔物から倒していく。
乙女は、何かに取り憑かれた様に、命の花を折っている。
容赦が無く、念入りに。
さっきまで魔物を恐れていた人達は、乙女の行動に、恐怖を抱く。
普通なら、形勢を変えてくれた者には、感謝をするべきだ。
だが、たった1人の神は、全ての流れを変えてしまう。
結果、人々は恐れてしまう。
魔物から女神へと、恐怖の対象が変わっただけ。
乙女は、ただ必死に、仕事を遂行するのだった。
乙女は、真面目すぎるのです。
そして、ただ、感謝が欲しかっただけなのです。
感謝って、難しいですよね。
求める物では無いのですが、やっぱり褒められたくて頑張る訳ですので。
未熟な子供ほど、より、褒められたいものですから。