百三十一話 追憶④
乙女が、当番の接客をしていた時である。
凄い勢いで、偉そうな人が入って来た。
数人の護衛?を引き連れて、来店したのだ。
大雑把に店の扉を開き、私を、睨みつけるその男。
私を、目で捉えてから、不快な笑顔を浮かべる。
そして、開口一番のセリフがこれだ。
「おい、そこの娘。俺の妻にしてやろう」
なんと、随分と斜め上な、求婚である。
わーい。嬉しい。モテ期だね。
って、んな訳あるか。殺すぞ、アホ面。
大体、何よ。
「してやる」だって?
百歩譲って、お願いするならば、まだ理解出来る。
何?その、上から目線。
何様のつもりよ?
呆れて、言葉も出ないよ。
私が、黙っていると、部下らしき人が、私に向かって怒鳴る。
「貴様!エンレス様の御言葉を、無視するのか!?返事はどうした!」
呆れの余り、放心してた。
答え?そんなの決まってるでしょ。
「え?無理です。その、無理」
「何!貴様!」
眉を動かしながら、口を動かす、エンなんとかさん。
少し、器用だと感心した。
「よく聞こえなかったのかな。もう一度言う。よく聞けよ?俺のつ」
「いや、無理です。ちょっとキツイかな」
「貴様」
震えながら、私を睨む、エンなんとかさん。
護衛の人達も、私を睨んでる。
随分と、人気者らしいね。私は。
そんな事を考えていると、私の腕が、唐突に掴まれる。
「いいから来るんだ!」
急に掴まれて、引っ張られる。
私は、思わず声が出てしまう。
「キャッ!」
そして、防衛本能なのか、氷魔法が発動してしまい、エンなんとかさんを冷やしてしまった。
明確な敵意が、あった訳では無いので、威力は弱い。
そう、まさに、静電気が流れ、思わず離れてしまった。その程度。
「な!魔法!?」
だが、やはり魔法を使ったのは、気付かれてしまった。
ドカドカと、外にいた護衛も入って来る。
大勢に囲まれ、絶体絶命の大ピンチ。
「エンレス様に楯突いたのだ!ひっ捕らえろ!」
「ちょ、やめて」
私は、掴んでくる手に反応して、次々と魔法を発動する。
最初は、なんとか会話で、穏便に済ませられないかと思い、防衛に徹した。
弱目の魔法に抑え、手を振り払うだけだった。
しかし、相手は剣を抜いて、斬りかかって来た。
ここまで来ると、流石に、無理だと判断して、相手を、戦闘不能に出来る程度には、魔力を込めた。
何人倒したかは、覚えていない。
でも多分。全員を倒した。
敵は居なくなって、立っていたのは私だけ。
一番偉そうな人は、逃げたので、お眠りさん達は、店内から放り出した。
正直、あのエンなんとかさんには、気の毒だと思った。
でも、私は悪くない。
だから、気にしない事にした。
でも、お店には、多大な迷惑を掛けてしまった。
私は、クビだ。
乙女は、今更になって、後悔をしている。
考えない様にしようと思っても、乙女は、そんな事は出来ない。
乙女は、楽天家である。
しかし、一つ影が忍び寄れば、簡単に染まってしまう。
良くも悪くも、単純。
人前では、明るく映る。しかし、内面は少し脆い。
あぁ、私ってバカ。
もうちょっと、考えて行動しようと思っても、肝心な時に出来ない。
学習しない。深く考えられない。こんな姿、あの子に見せられない。
あぁ、私は、何も出来ない。
酷く自分を責める乙女。
毎秒毎に、暗く沈んで行く乙女。
そこに、肉屋の店主が、話し掛ける。
「その、無事か?」
「うん。ごめんなさい」
「いや、俺の方こそ、済まん」
「なんで、謝るの?」
「助けられなかったからな」
「良いよ。仕方ないもん」
「そうか。フユも気にするなよ」
「気にしてない」
乙女は言い切る。
だが、内心ズタボロで、言葉もあまり聞こえていない。
連日、陰口を叩かれ、トラブル続き。
乙女は、達観している様に見えるだろうが、まだ子供なのだ。
心は軋み、苦しいのかどうかはもう、イマイチわからない。
悩みを吐ける相手もいない。
だからこそ、声が漏れる。
「クビ、だよね」
「ん?」
「店主さんごめんなさい。私、邪魔ですよね」
「何を言っている?」
心が折れかけていて、つい、愚痴をこぼす乙女。
しかし、乙女の言葉に対して、珍しく不機嫌な店主。
怒るのとは違う。店主は、諭す様に口を開く。
「まさか、迷惑をかけたと思っているのか?」
「うん、私なんて」
「嫌になったら辞めても良い。嫌だったか?」
「え?」
嫌?違う。そんな訳無い。
困ってた私を、助けてくれた。
でも、私が居たら、迷惑を掛けてしまう。
「仕事が嫌なら構わない。だが、フユはここに居て良い。ここは、フユの家だからな」
店主は、乙女に言う。不器用なセリフを。
女性が苦手の癖に、なんとか励まそうとしている。
「大体な。あの貴族はクズだ。この町の領主の息子だが、好き放題している。妾を囲い込んで、横領しているって噂になるくらいにはな」
「でも」
「だから、気にするな。仕事はしなくても良い。まあ、その。ゆっくりと休みな」
乙女は、暖かい言葉を掛けられて、遂に泣いてしまう。
乙女は、漸く気付く。店主の気遣いに。
乙女は、店主に感謝をする。
そして、久しぶりに、笑顔でお礼を言う。
涙を浮かべた、眩しい笑顔で。