百三十話 追憶③
とある冒険者ギルドで、大勢の人たちが騒いでいた。
この建物は大きく、酒場も兼ねている。
まだ昼なのに、酒を飲む者が居て、とても騒々しい。
殆どが男ばかりなので、大体の話題が、酒、金、女である。
そして今回は、ある女性についての話題で、盛り上がっている。
「そう言えば、最近、白髪の女がいたな」
「おう。なんでも新人らしいぜ」
「なに?それは本当か?」
「珍しいよな?女ってだけでも少ないし」
「かなり可愛かったな」
「ちょっとガキ臭えがな!」
「ガハハ、そうだわな」
「っと、噂をすれば」
その時ちょうど、乙女が建物の中に入って来た。
冒険者なのに、防具は最低限。武器は見た感じでは装備していない。
一切の寄り道もせず、受付に並ぶ乙女。
見た目的にも異端で、随分と視線を集めている。
だからこそ、噂が盛り上がる。
「おい、そういえば、聞いたか?」
「ん?何が?」
「あの子は噂だと、Eランクらしい。だが、ヘイトタイガーを狩ったらしいぞ?」
「何!?あんな子が?」
「なんでも、魔法で一撃だとか」
「どうせ嘘だろ?」
「さあな」
コソコソと噂をする男達。
乙女には聞こえている。
乙女は、それらを無視して、依頼を見繕って貰っていた。
すると、背の低いお婆さんが、乙女の元にやってきた。
「おい、ギルドマスターだ」
「珍しいな。腰が悪いんじゃなかったか?」
「あのババア、性格悪いんだよな」
「おう、俺もいびられた」
「まあ、御愁傷様だな」
どうやら、ギルドマスターらしい。
杖でツンツンされたから振り向くと、本当に背が低い。
私の身長は、大体160cm位だが、やや見下ろしている。
「何か?」
「おやおや?私が何者か理解して、その反応かい?」
「マスターでしょ?偉い人だよね」
不気味に笑う、老婆。
見た目の割に、中々鋭い目付き。
とても、悪い人に思える。
「ヒッヒッヒ。ああ、そうさ」
「ふーん」
「なおも態度は変わらんか。大物よの」
「あ、どうも」
「褒めとらんわい」
なんだ、褒められた訳じゃないのか。
ならどうでも良いや。
だって、あれでしょ?
ただのいちゃもんつけにきただけ。
「あっそ」
「うーむ。一つ、聞きたい事がある」
「何?」
疑う様な目付きの老婆。少し不快。
でもまあ、一応、目上の人だから、最低限は応じよう。
「お主、ヘイトタイガーを倒したらしいね」
「なにそれ」
「知らずに倒したのか」
ひょっとして、あの擦りつけられた魔物かな?
一昨日の話だね。
危うく、人間も巻き込む所だったけど、正直イライラしてて、どんなだったか覚えてないや。
あ、でも魔物なら、奪っとくべきだったか。
だって、倒したの私だし。
あんなゴミ共に、恨まれたって変わんないだろうし。
危険な事を考える乙女。ふと、返事をしていない事を思い出して、一応返答する。
「邪魔だから倒したかも」
「そうかい。そりゃ結構。助かるよ」
「助けてはないけど?」
「お主は、仲間を助けたんだ。胸を張りな」
あれ?褒められてるのかな。
実は、良い人なの?
大阪のおばちゃん的な?
困惑する乙女に、話しを続ける老婆。
「それでね、色々聞いたのさ。ああ、安心しておくれ。礼も言わないガキには、説教してやったよ」
「ああ、うん。どうでも良いや」
「大人だね」
「それで?それだけなの?」
私にとっては、凄く興味の無い話題だ。
会話を切るつもりで、私が言うと、老婆は逃がしてはくれなかった。
「勿論違うさ。あんたの実力が知りたい。試験の結果が良ければ、昇格させてやる。どうだい?試験をやるかい?」
どうやら、試験を受けられるらしい。
正直、今の仕事は、稼ぎが余り良くない。
充分受ける意味がある。
そうと決まれば、即決だね。
「わかった。受ける」
「良い返事だね。内容は聞かなくて良いのかい?」
「あ」
「面白い子だね」
「むう」
「まあ、簡単さ。アタシと模擬戦をするのが試験さ」
「は!?あんたと?あ、いやマスターさんと?」
思わず、素が出る乙女。
流石に、老婆と戦うのは気が引ける。
しかし、心配を他所に老婆は言う。
「要らぬ心配さ。全力で来な」
「え、でも」
「アタシも昔は冒険者さ。これでも有名人だったのさ」
「そうなの?」
「魔法も使って良い。嫌なら辞めるが、どうかね?」
「まあ、それなら。やる」
「決まりだね」
早速、表に出て、お互いが睨み合う。
まずは、先手を取るのが正しい。
しかし、乙女は、一撃で倒してしまうと申し訳ないと思い、先手を譲る事にした。
だが、それが隙を生む。
およそ、老婆とは思えぬ速度で肉薄して来る。
距離にして、10m。
杖を振りかぶり、殴られた。
しかし、何も無い場所で杖は止まる。
予め、障壁を発動しておいて良かった。
油断はしたものの、初撃は防いだ。
「驚いた。ただのお婆ちゃんじゃ無いね」
「こっちこそ驚きだよ。まさか、防がれるとは。魔法かい?」
「うん。まあね」
「そうかい。ならあんたの攻撃だ。見せておくれ」
乙女は、そう言われて、ある魔法を選択する。
それは、一昨日閃いた魔法だ。
だが、とても危険な魔法で、範囲がかなり広い。
でも、折角の試験だし、と思い発動する。
イメージを固める為に、声に出しながら。
「アイスダスト」
言葉と共に、強烈な冷気で周囲を冷やす。
その魔法は、名前の通り、氷の小さな結晶が舞い散る。
効果は、周囲を冷やすだけでは無い。
小さな粒子で、近くのモノを切り刻む。
目に見えない傷を、刻み込み、敵を凍らせながら、重傷を負わせる。
無慈悲な魔法。
明確な敵意を持って、老婆をにらめば、老婆は怯んでしまった。
「もう良い。わかった」
マスターがそう言ったので、魔法を解く。
一応、誰も傷付けてはいない。
ただの脅しのつもりだ。少なくとも、見た目的には派手だから、アピールには良いと思った。
「結果は追って伝える。少なくとも昇格は確定だ」
そう言って、笑う老婆。
少し、意外だった。怖い人かなと思ったから。
少しだけ、老婆に対して、認識を改める乙女。
結果、乙女は、Cランクへと昇格するのだった。