百二十九話 追憶②
あの、告白を受けた次の日。
男性は、連日訪れた。
そろそろ、面倒に感じてきた。
自ずと、対応がおざなりになった。そんな時。
怒られた。
確かに、不誠実だったかもしれない。
でも、必ず応じなければならないの?
そう思ったら、怒りが湧いて来た。
唐突に、感情が爆発した。
魔法が発動してしまい、その人は、二度と来なくなった。
気分は、少し晴れた。
その時から、感情が冷え切ってしまった。
人は減った。お客さんが減った。
しかし、私に、求婚する者は増えた。
もう、どうでも良くなった。
魔法を使っても、気分は晴れにくくなった。
そして、冒険者の仕事で、鬱憤を晴らす事にした。
そんな折。噂話を耳にした。
魔法が使える美人だとか。
手篭めにしたいだとか。
貴族の、誰々の噂になってるだとか。
もう良いよ。
誰も私を見てくれない。
美人だからとか、魔法が使えるとか。
あの子とは、大違いだ。
あの子は、愛想が良くなかった。
でも、あの子の方が綺麗に見える。
あの子の瞳は、私を映してくれていた。
本当にイライラする。
何もかもが、楽しくない。
乙女は歩く。ギルドに向かって。
霜を纏い、不快な視線に晒されながら。
ギルドに辿り着いた乙女は、受付に話し掛ける。
「ねえ?仕事、何かある?」
「えーと、その。フユさんですね。Eランクの依頼でしたら、森林内の、草食動物の狩りがあります」
「ふーん。じゃ、それ」
「わかりました。受理しておきます」
返事もせず、颯爽と立ち去る。
あまり、人と話したい気分じゃない。
依頼の目的地も把握している。特段、聞く事は無い。
だから、最大限に早く。
そして、目的の獲物を狩っていた時である。
静かな森の中で、騒音が聞こえ始める。
不快感を抱いて、音の方を向く。
すると、数人が逃げて来た。魔物を引き連れて。
大きな虎の様な生き物に、追われているみたいだ。
勘弁して欲しい。
わざわざ、その人達は、こっちに来ている。
「おーい!逃げろ!!」
「は?」
「魔物だ!死にたくなかったら走れ!」
その人達は、口々に注意を促す。
だが、その言葉を聞いた乙女は、考える。
何を言っているのだろう。
逃げるなら、あっちに行け。
わざわざ、こっちに来る必要なんて無い。
まさか、なすりつけるつもりか?
そうか。そう言う事か。
あー、イライラする。
乙女は察した。
勘違いではあるが。
怒りを露わにした乙女は、魔法を発動する。
大きな氷の塊を、一応、人間は狙わずに、魔物に向かって射出する。
魔法は、的である虎を貫通しない。
しかし、その的を押し潰しながら、大木にめりこむ。
木は衝撃に耐えられず、鈍く軋む音を立てながら、ゆっくりと倒れてしまう。
その振動と、音が消えてから、森の中に静寂が帰って来た。
そして、少しの間が空く。
だが、見るからに不機嫌な乙女に、男性達は、恐る恐る話し掛ける。
それに対して、不快感を隠さず、応じる乙女。
「あ、その、ありがとう」
「何故こっちに来た?」
「え?」
「え?じゃない。逃げるなら、わざわざこっちに来なくても良かった」
「それは、その」
「私に、擦りつけようとした」
「ち、違う!そんなつもりでは無かった」
どうやら、違ったらしい。
でも、証拠が無いだけで、なんとでも言える。
これ以上、話すのは無駄か。
「なら、もうどうでもいい。消えて」
私が、そう言ったら、後ろに居た人が、怒って会話に参加する。
「な!お前!生意気だぞ!」
「よせ!」
「大体、こいつは、Eランクの新人だぞ!?先輩に向かって、その口の利き方はおかしいだろ!?」
「だから何?」
「お前!」
「助かったのは事実だ。そもそも、俺達より強いんだから、文句は言えない」
「へん!こんな奴、居なくても倒せてたけどな」
負け惜しみを言っている、後ろに居た人。
そいつの、言葉により、さらに怒りが溜まった。
滅茶苦茶殴りたい。
氷の魔法を放ってもいいかな?
私、悪く無いよね?
怒りは振り切って、魔力が漏れてしまう乙女。
周囲の温度は冷え始め、終いには、空気中の水分が凍り始めて、擬似的な雪が降る。
キラキラと輝き、周囲は白色に染まる。
ここまでなってから、漸く、恐れを成したらしい。
その、男性達は慌て始める。
超常現象を見て、誰がやったのかは、一目瞭然。
今、男達は、力の差を理解した。
「あ、すまない!俺達が悪かった!」
「どうでも良い。早く失せろ」
「ヒィ!」
恐怖に駆られた男性達は、逃げ出す。
これがきっかけで、乙女を指す名が生まれた。
「銀嶺の乙女」
その様は、氷の女王。
吹雪の中で咲く、霜の如き美しき薔薇。
冷たく、雪を纏い、何者も寄せ付けない。
とても危うい、輝きを放つ乙女。
人々を魅了するのは間違いない。
しかし、乙女を魅了する者は誰もいない。
色々な意味で、不安定な乙女。
能力は、加速度的に成長している。だが、精神状態は悪化している。
治療出来るのは、女神だけ。
乙女にとっての、女神だけである。
仕事を終えた乙女は、部屋へと帰って来た。
すると、店主さんが居たので、挨拶はしておく。
この人だけは、唯一、お世話になっている人だ。
あまり、会話をする事は無いが、珍しく話し掛けられた。
なんだろうかと思えば、謝られた。
謝罪を受けて、すんでの所で、止まれた。
何か、超えてはならないラインの手前で。
お陰様で、ストレスを受け流せる様になった。
怒りを消す方法は無いが、耐えられる。
私は、この時初めて、無視を使いこなせるようになった。
乙女は、日々成長する。
ただ、ひたすら強くなるだけ。