百二十六話 違う解釈
少女は、現在行軍中である。
国を出てから、幾日が経っている。
少女は、専用の馬車に乗り、沢山の護衛に守られている。
護衛の殆どは、歩兵であり騎馬は少ない。
騎馬が少なくても、指揮は高く、他国からは精強だと評価されている。
基本的には、兵数が負けている戦でも、戦果を上げているからだ。
さて、少女達が、向かう先は西方の国境である。
近年、いざこざが増え、国内でも不安視されているので、それの対処と言う事になる。
だが、行軍の雰囲気は、穏やかな物と言える。
一部の兵士は、指揮官の事を知っていて、その騎士によれば、とても優しいらしい。
噂が広がり、様々な議論が、騎士達の間で囁かれている。
上の人達しか、見たことが無いので、それを知る者はまだ少ない。
日が暮れ始め、全部隊に、停止命令が下る。
少し時間が経ってから、簡易司令部で、話し合いをする者が居た。
しかし、ここに少女はいない。
この場に居るのは、男のみである。
「どうしましょう?」
「止めても無駄だ」
「しかし」
「言うな!イヴ様は、まあ、自由な人なんだ」
「だからと言って、ご飯作りを手伝うだなんて。貴族様は、普通そんな事をしませんよ!?」
「うーむ」
面白おじさんこと、レイエンさんが難しい表情で悩んでいる。
そして、そこに意見を言う、部下の騎士。
どちらも、苦労人なのだ。
かと言って、これは仕方の無い事だ。
下手に逆らえば、どうなるか分からないのだから。
一方。自由な人は機嫌良く、炊き出しの手伝いをしている。
男達のみの空間に、たった、一輪の華。
とても楽しそうに、鍋をかき混ぜている。
そして、鼻歌混じりの少女は、いろいろ考えている。
そしてそこに、話し掛ける騎士の声。
ここには大勢の人が居る。
「お久しぶりです!天使ちゃん」
「うん。暇だったから来たよ」
また私を、天使と呼ぶ人が居た。
この前の人とは別の人だね。
つい、手伝いに来たけど、迷惑では無かったらしい。良かった。
歓迎されてるみたいだね。少し嬉しい。
「やったぜ!天使ちゃんのご飯だ!」
「ん?知ってるのか?」
「おうよ!前回の帰還中に、合流した女の子だよ」
「あれ?何かで聞いたが、公爵様って」
「んなまさか?こんな所で、公爵ともあろう者が、手伝う筈がないだろう?」
「うーん?」
少女の噂話をする騎士達。
それを、意に介せず、調理を続ける少女。
思わず体が動き、手伝いを始めてしまった。
何故かは分からないが、これはとても楽しい。
まるで本能が、この仕事を、求めていたかのようだ。
ご飯は出来上がり、とても達成感がある。
さて、これを後は、配るだけ。
ん?
それよりも、騎士さんの仕事を取っちゃった。
元々の食事担当の人は?
あ、居た。列に並んでる。凄く、待ち遠しそう。
仕事を取っちゃったのは怒ってなさそうだね。
良かった良かった。
ご飯を配り終えて、自分の分を用意していると、騎士さんに声を掛けられる。
「おーい!天使ちゃん。こっちこっち!」
「うん」
お呼ばれして、行こうと思ったが、ふと視線を感じて振り返ると、そこにはレイエンさんが居た。
「どうしたの?」
「い、いえ。その、良いのですか?」
「ん?何が?」
「その、無礼は無いでしょうか?」
何の事だろうか。無礼?
あの騎士さん達は良い人だと思うけどね。
そもそも、味方なんだし。
まあ、よくわかんないや。
「特には?」
「そ、そうですか」
そう言って、レイエンさんは頭を下げる。
意味は分からず、少女は、呼んでいる騎士達の元へと向かう。
無礼講?な場所で、少女は、食事を楽しむ。
こんな感じの、毎日を繰り返して、国境付近に差し掛かった頃である。
その頃になると、身分はバレてしまった。
しかし、空気が変わる事は無かった。
ありがたい事だ。
そして今は昼頃。
前線拠点を設置する為、外で作業をしていた時である。
ふと、少女は、視線を動かした。
そこには、綺麗な女性が居た。
なんだか、懐かしい人。そんな感覚。
この感覚も、沢山味わった。
だからだろうか?これ程目立つ人が、拠点に居たなら、普通は違和感を感じていた筈だ。
思わず、放心してしまった。
あまりの美しさに。
そして、その女性の、右肩の上に球体が浮かび上がる。
とても綺麗な白い球で、それを見た瞬間。
私は、正気を取り戻す。
アレは魔力だ。
流れる作業の様に、球を見た後、女性の目を見た。
その瞳には、明確な私への敵意。
咄嗟に、回避行動を取る。
そして、私の居た場所を、何かが通り過ぎて行く。
これは攻撃だ。
事態を理解した兵士は、その女性を囲む。
だが、私は、駄目だと判断する。
何が、そう判断させたのかは、わからない。
しかし、予想は当たってしまう。
複数で囲んでも、ものともしない。
圧倒的な強さの女性。
これでは、被害が増すだけ。
なんとかしないと。
私が、そう考えたのとほぼ同時に、女性は言葉を言う。
「邪魔しないでくれると、助かるかな。君達が。私の目的はあの子だけだし」
そう言って、私を眺める女性。
何故だろうか?
わからない。だから、問い掛けよう。
時間を稼ぐ為。被害を減らす為に。
「何故私達を狙うの!?」
女性は、私を睨みながら、会話が始まる。
「あの子の敵だから」
「あの子?」
「お前には関係無い。私の大切な友達」
「恨みって事?」
「なんでも良いでしょ?」
「目的は私だけ?」
「そうね」
そっか。私だけ。
どうやら騎士さん達も死んでいない。
私には記憶が無いから、きっと無くす前に、何かやってしまったのだろう。
どうだろうか?優しい人かもしれない。
駄目かもだけど、試してみるしか無い。
「ねえ?」
「なに?」
「私を殺したら、皆は殺さないでくれるの?」
「抵抗しないなら」
あぁ、優しい人なんだね。理解したよ。
理由があって、大切な人の為に戦う。私と同じだね。
「わかった。じゃあ、私だけで許してくれる?」
私が問えば、少し悩んでから、答える女性。
「‥‥‥ええ」
「な!イヴ様!?」
当然黙ってはいないか。レイエンさん。真面目だもんね。
でも、多分、私達はこの人に勝てない。
なら、気が変わる前に一騎討ちをした方がいい。
最悪、約束は守って貰えると信じるしか無い。
自信は無いけど、私は勝つしか無い。
そうと決まれば、撤退させよう。
少女は、告げる。
「撤退。早くして」
「し、しかし」
「勝てると思ってるの?」
「そ、それは。イヴ様はどうなんですか?」
「勝つ」
「ですが」
「命令」
「ぐっ、わかりました。ご武運を」
「うん」
レイエンさん達は撤退した。私の命令で。
「流石の黒龍か」
感嘆する女性。言葉の意味は理解出来ない。
でも、もうどうでもいい。
理解する必要は無いから。
まあ、最後だし。色々会話でもしようかな?
「ねえ?」
「何?まだなんかあるの」
「優しいんだね」
「は?」
「誰かの為に戦う。優しいんだなって」
「だから何?」
「ひょっとして、友達になれたのかもね」
「有り得ない。お前は敵」
「そっか」
会話は終わる。
少女達は戦い始める。
後悔を生む戦いを。虚しい争いを。
今話で五章は終わりです。
決着は次章に持ち越されます。
さて、唐突な敵キャラですね。
誰でしょうか?内緒です。
あと、事前に書いていましたが、次章は銀嶺の乙女が主人公です。