百二十話 雨模様
立ち尽くし、固まっている少女。
現実を受け止められずにいた。
そして、その場に訪れる女性。
「あら?イヴ様ではありませんか」
「あ、リアーナ王妃様」
「おやおや?お母様と呼んで頂いても良いのですよ?」
「いえ」
リアーナ王妃の冗談だろうか。とてもニコニコしながら話している。
だが、私はそんな気分では無い。
冗談を受け流す余裕は無い。
ラーナちゃんを傷付けてしまったから。
私が気まずそうにしていると、王妃様が質問をして来た。
「何かあったのですか?」
「え、あ、その」
「良ければお聞きしますよ?」
「いえ、大した事では」
私はそう言ったが、瞳から雫が溢れる。
それを受けて、王妃様が私に言う。
「どうぞこちらへ。辛い事があったのでしょう。お聞き致しますわ」
私は泣きながら、王妃様に部屋へと案内して貰った。
恐らく応接室で、この部屋は初めて、ラーナちゃんに通された部屋である。
椅子へと座らせられ、お茶を淹れてくれた王妃様。
とても優しく、戸惑いながらも少しずつ話し始める。
事の経緯を。包み隠さず、全部を。
「つい、ラーナちゃんに自慢をしてしまって」
「ふむふむ」
「それで、ラーナちゃんの力になりたくて」
「成る程」
「でも、嫌われちゃって」
「そう、ですか」
説明を終えれば、少し悩むリアーナ王妃様。
私は、リアーナ王妃様から質問される。
「何が駄目だったか、分かりますか?」
「はい。ラーナちゃんの気持ちを考えて無かったです」
「はい。そうですね」
「謝りたいです。ラーナちゃんに」
「ええ。わかりました。ですが、少しだけ。そう、また明日、日を改めて、来て頂けますか?」
「はい」
「安心して下さい。必ず、仲直り出来ますよ」
その言葉を聞き、私は思わず立ち上がる。
「本当!?」
「勿論です」
つい礼儀を忘れてしまう私。
話を終えれば、固まってしまっていた心も、穏やかに動いている。
これが、母の力だろうか?
つい、無意識にボソッと溢してしまう。
「お母さん」
「おや?」
「あ、」
言ってしまって、つい気まずくなり、頬が火照る。
その、言葉を聞いた王妃様は、微笑みながら私を抱きしめる。
「ええ。母です。お母さんですよ。困った事があれば、母を頼って下さい」
頭と背中を撫でられながら、温かな感覚に身を預ける。
ポカポカと心は温まる。
中々離れられず、暫くの間このまま過ごす。
そして、心が元気を取り戻したので、私は家へと帰る。
王妃様からの見送りを受けて、王城を後にするのだった。
一方、ベッドの上に座って、何かを眺める金の巫女。
「うぅ、ぐすん。イヴ様。こんな物」
ペンダントを手に握りしめ、振りかぶる。
すんでの所で止めて、ゆっくり腕を下ろす。
「駄目です。折角イヴ様から頂いた物です。でも、返しましょう。私なんかが、グス」
1人寂しく泣き続ける金の巫女。
先程を振り返る。
とても綺麗な魔法だった。とても希少な回復魔法。
あれ程の大怪我を一瞬で治療してしまった。
羨ましい。
どれ程願っただろうか。魔法が使えたらと。
私に才能は無かった。
その時、何かが音を立てて崩れ去った。
抱いてはいけない感情が燻った。
苦しかった。いや、悔しかった。
私の努力はなんだったのだろうか。
虚しく、記憶を反芻する。それと共に沈む感情。
このままでは良くないが、悩み続ける金の巫女。
そして、その場に響く扉を叩く音。
金の巫女の感情とは相反する、コンコンと軽やかな音が響き渡る。
「ラーナちゃん?」
お母様の声。
こんな時に何だろうか?
正直、今は誰にも会いたくない。居留守をしよう。
「居ますか?」
私は返事をしない。息を殺して、涙を止める様に努める。
しかし、急に扉は開き、お母様が入って来る。
「居るではないですか」
「お、お母様!?」
「さて?私が来た理由は必要ですか?」
「え、え!?」
私は動揺してしまうが、恐らく、お母様は怒っている。
私は全てを察した。
怯えている私に、お母様が言う。
「立ちなさい」
「は、はい」
お母様の命令に従う。
怒られるのだろうと思い、ギュッと目を瞑る。
すると、どうした事だろうか。お母様に抱きしめられてしまった。
「あ、」
「ラーナちゃん。あなたはいつも、よく頑張っています」
叱られるかと思いきや、褒められてしまう。
先刻とは違う種類の涙が溢れる。
黙ってしまった、私とは対称に、話し続けるお母様。
「人は頑張ったら褒められたいのです。ラーナちゃんもそうでしょう?」
「はい、お母様」
「イヴ様はラーナちゃんの為に頑張ったんですよ」
「え?」
「そして、泣いていましたよ。ラーナちゃんを傷付けたって」
「でも」
「そうですね。辛かったのですね。でも、ラーナちゃん?何故辛かったのですか」
「それは、悔しくて」
嫉妬。ただただ、羨ましかった。それだけ。
「イヴ様も同じ事を言っていましたよ」
「え?」
「憧れていたのです。そして、ラーナちゃんに褒められたくて、認められたくて、魔法を覚えたんです。そう言っていました」
「あ、」
「何もせず、手に入れたと思ったのでは無いですか?」
「それは」
確かに卑怯だと思ってしまった。
私はあんなに苦労したのに、とも。
「イヴ様が意地悪を、すると思いますか?」
「あ、」
気付いてしまった。
イヴ様がそんな事をするとは思えない。
この、ペンダントも私の為に?
私は思わず、魔法名を呟く。
「治癒」
ペンダントは光を放つ。
優しげな光は、揺らぎながら魔法として輝く。
こんな魔法が使える者が、酷い人な訳がない。
やってしまった。
そう考えれば、後悔が募る。
「あ、あぁ」
王妃様は大切な愛娘を抱きしめる。
大声で泣き喚く王女様。後悔しながら謝り続ける。
2人はただ空回りしただけ。考える事は同じなのに。
少しの掛け違い。大粒の雨が降る。
絆を固める為に。
この章も、もうじき終わります。
ざっと、各章二十五話目安ですね。
そして、次章は相変わらずタイトル隠します。
それと、銀嶺の乙女が、主観の話になります。