百十九話 歪曲の眼差し
ある日の事。
いつも通り教会へ行き、仕事の準備をしていた。
竜巫女様の悩み相談が始まるまでに、ほんの少しだけ時間がある。
なので、私はラーナちゃんに聞いて貰いたくて、つい自慢をする。
「あのね。ラーナちゃん」
「ん?どうかしましたか」
「私、魔法が使える様になったの」
「そ、そうなのですか?」
驚きながらも、少し反応は小さい。
アレ?思ってた反応と違う。
もっとこう、驚かれるのかと思ってた。
「イヴ様の魔法。大爆発を起こすとかでしょうか?それとも」
金の巫女はブツブツと独り言を言っている。
そして、その声が黒髪の少女に届く。
「いや!?無理だよ?」
「はえ?」
「流石に、魔法で爆発は無理だよ?」
「あ、声に出てましたか」
「え、まあ」
私がそう言えば、乾いた様に笑うラーナちゃん。
「あははは。はぁ。まあ、イヴ様が魔法を使えるのは当然ですね。それに比べて私は」
落ち込んでしまう竜巫女様。どうやら、ラーナちゃんは魔法が使えないらしい。そして、それがコンプレックスだったようだ。
それを無神経に触ってしまい、自慢してしまった私。
なんとかしてラーナちゃんを元気付けたい。
とは言え励まされるのは、余計惨めになるだけだ。
私は何も言えずに、気まずい空気のまま仕事が始まる。
しかし、流石は竜巫女様で、落ち込む様子も見せず、人々の悩みを笑いながら聞いてあげている。
本当に、ラーナちゃんは凄い。
とても羨ましく思う。沢山の人々に尊敬されていて、信頼されている。
ならば、私には何がある?
やっと、魔法が使える様になった。それでもまだ、努力は足りない。
少しでもラーナちゃんに追い付きたい。
優しくて、明るい。まさに天使様。
私はラーナちゃんの力になりたいのだ。
互いが互いを羨む関係。自分に無い、何かを求める。
潜む影は忍び寄る。
何事も無いかと思い、仕事をしている最中の事である。
人が飛び込んで来た。
言葉の綾だが、担架に乗せられ、凄い勢いで運ばれて来た。
その人は血が付着しており、かなりの怪我をしているのが見て取れる。
教会は、怪我の応急処置もしている。
怪我人が運び込まれたのは、必然と言える。
すぐさま広い場所に寝かせてから、騎士達が手当てを開始する。
非常に痛そうで、私は思わず近寄る。
「イヴ様!お下がりください」
当然、騎士さんには下がる様に言われてしまう。
でも、私には出来る事がある。
「大丈夫だよ」
私はそう言って、祈りを捧げる。
黒髪の少女の瞳と、胸元が光り輝く。
青色の光は、怪我をしている男性にまとわり付き、傷痕が塞がれる。
無我夢中で魔法を発動したけれど、まさかこれ程の物とは思わなかった。
呻いていた男性は、驚きながらも全身を触って、感覚を確かめている。
そして、思い出したかの様に慌てて口を開いてから、男性はお礼を述べる。
「あ!ありがとうございます」
「ううん。気にしないで」
一応お礼を受け取りながら、ある事を閃く。
そう、それは私の手柄を、竜巫女様の物にする事だ。
こうする事で、竜巫女様の素晴らしさをアピール出来る。
そして、あわよくばラーナちゃんに褒められたい。いつもお世話になっていて、やっと返せられるかもしれない。
私は高らかに、宣言する。
「この力は竜巫女様の加護である!」
辺りは静けさに支配され、ほんの少し間を開けてから歓声が上がる。
人々は竜巫女様を讃え、奇跡だと口々にはしゃぐ。
私はそれに一押しをする。
「奇跡の宝具をお返し致します」
私はそう言って、蒼玉のペンダントを取り出す。
そして頭を下げて、ラーナちゃんにペンダントを手渡す。
ラーナちゃんは顔を引き攣らせている。
私はその表情を見ていなかった。
声を震わせながら、口を開く竜巫女様。
「あ、あ、そう、ですわね」
私は首に掛けてあげようとしたが、首を振って断るラーナちゃん。一応受け取ってはくれた。
そして、竜巫女様は何かを誤魔化す様に口を開く。
「皆さん。今日はこれで終わりとします。怪我人の対応は任せます。良いですか?」
竜巫女様にしては珍しい、中止を宣言する。後の事は、護衛の騎士に任せて、慌てて帰ってしまった。
あまりの急変に、私はラーナちゃんを追い掛ける。
ラーナちゃんに異変を感じたからだ。
やっと、追いつけたのは城内。
私はラーナちゃんを呼び止める。
「ラーナちゃん!」
「あ、イヴ様?」
振り返ったラーナちゃんは涙を流している。
何事かと問い掛ける。
「どうしたの?」
私が問えば、悲しそうな表情のラーナちゃん。
「あんまりです。イヴ様」
「え!?」
「私は竜巫女の仕事を誇りに思っていました。この仕事で、沢山の信頼を得ることが出来ました。それを、一瞬で、私から、奪うなんて」
嗚咽混じりで、喋る竜巫女様。
私は弁明をする。
「そ、そんな」
「笑いに来たのでしょう?私が魔法を使えないから。酷い、です」
「違う、そんなつもりじゃ」
私は、慌てて宥めようとする。
しかし、耐えられなかったのか、感情が爆発する竜巫女様。
「じゃあ、何だって言うんですか!?」
「私、その」
「もういいです!私なんて」
そう言って、竜巫女様は駆け出す。
私はただ、褒められたかった。
竜巫女様に認められたかったのだ。
結果はただ、大切な人を傷付けてしまっただけ。
結局、今度は追いかけることも出来ずに、私はその場で固まってしまうのだった。