百十四話 世界の違い②
平原を1人で歩く者が居た。銀嶺の乙女である。
ある依頼を受けて、ここにいる。
目的である、ヒートウルフの群れを探しながら、周囲を探索している。
変化が乏しい景色を眺める乙女。
退屈そうに記憶を読み返している。
筋肉が凄い肉屋の店主が、乙女に仕事を教えている。
殆ど教える事は終わったので、店主が質問をする。
「そうそう。お嬢ちゃんの名前はなんて言うんだ?」
「私?」
「おう。ここに嬢ちゃんは君しか居ないだろう?」
「名前‥‥‥名前か」
問われた乙女は思考している。
私の名前か。なんて名乗ろうか。メイでもいいかな?でもまあ、折角生まれ変わったんだし。あの子の名前を貰おうかな。
そしたらまあ、その、これで話が弾むかもだし。
私の能力的にも良い名前だし、私は冬に生まれたし、他意は無い。
誰に、と言う訳でも無い、言い訳をする乙女。
乙女の前世は秋生まれである。確かにこの世界では冬生まれみたいな物だろう。
まあ、転移者なので厳密には違うが、容姿が変わってしまったので、間違いとも言えない曖昧なところである。
名前は決まったので、乙女は店主に名前を伝える。
「フユって言います」
「そうか。改めて宜しくな」
「店主さんは?」
「俺か?まあ、店主って呼んでくれれば良いさ」
どうやら、名前を教えてくれないらしい。
まあ、必要ないと言えば必要ないので、乙女は「どうでも良いか」とすぐに思考を放棄してしまう。
回想は終わって、何気無く視線を走らせると、目的の獲物を発見する。
依頼の魔物。ヒートウルフである。数は7匹。
リーダーらしき体の大きな個体も居る。
敵を認識した乙女は念の為、障壁を発動する。
当然魔物には気付かれているので、魔物は威嚇をしている。
睨み合っていたが、戦闘が開始する。
複数の狼が囲み込もうと走り出す。
そして、咄嗟に乙女は氷魔法を使用する。
乙女には守りの盾があるとは言え、攻撃を受ける理由が無い。
だから、近付かれる前に氷魔法で遠距離攻撃を実行する。
原理はよく解っていないが、中々使い易く、強いので使っている。
他には、敵を凍らしたりも出来るのだが、敵を凍らす為には、かなり近付かなくてはならない。一応触れなくても問題無いが、触れた方が強い。
だが、そもそも遠距離からの攻撃が可能なので、待つ理由が無い。
相手を凍らす魔法は出番が無いだけである。
氷の塊は敵に向かって飛んで行く。
しかし的は小さく、動くので躱される。真っ直ぐ飛ぶだけなので、避けるのは造作もない。それが例え、知能の低い魔物であってもだ。
当然そんな事は百も承知の乙女は、数撃てば当たる戦法である。
かなりの魔力を消耗して、全てを討伐した。
依頼を完了したので、素材を回収する為に、一箇所に纏める。
7匹もの魔物を持って帰るのは、大半の者は不可能だと思うだろう。
しかし、乙女は獲物を障壁で包み浮かせる。
かなり不思議な光景だが、ある日の乙女が閃いて、習得した技である。
その経緯だが
乙女が魔法を発動する為宣言する。脳内で独り言を話しながら。
「障壁発動!」
あれ?空中にも出せるんだね。
しかも乗れるじゃん!マジかよ。
て事は、サンドイッチして物を浮かせる的な事が可能かも。
‥‥‥マジかよ。出来るんかい。
と言った感じである。
頷きながら、乙女は独り言を始める。
「うんうん。いいね。楽ちんだし。代わりに魔力を使うけど、このくらいなら許容範囲かな?」
素材を持って(障壁に持たせて)帰還する乙女。何かと便利な障壁である。こんな使い方をしたのは乙女が初なのだが。
町に到着して、依頼報告をしてから肉屋に帰る。店主さんは居ないが、取り敢えず自室に入る。
最近は冒険者としての仕事をこなしているお陰か、かなり儲かっている。なので、遂にアレを買いに行く予定だ。
そう、アレ。下着。
現代日本人として生きた私に、肌着が無いのは耐えられない。だから買いに行く。幸い、お出掛け途中に衣服屋を見掛けたので、アレが存在しているかは確認済みだ。
そして、その見掛けたお店に直行する。
さて、辿り着いた。例のお店に。だがしかし、私はその目的の商品を眺めている。
いや、正確には値札を見つめている。
お値段なんと!金貨20枚である。
それはもう、高級品である。
実際これ程高い物でなくても良い。だが、試着可能なレベルの物でも、金貨数枚であり、非常にゴワゴワする。
つまり、乙女には優しく無い。
なので、店内でも1番高い商品を眺めていると言う訳だ。
触る事は駄目だが、素材は何を使っているかは書かれているので、これが最も理想に近いのを知っている。
うぐぐ。全財産出せば買える。でも、1枚だけ。お金の問題だけじゃ無い。物が無いんだもん。せめて3枚は欲しい。
すごく悩む乙女。脳内で格闘中である。
そして、悩む乙女に話し掛ける店員さん。
「お客様?そちらをお買い上げになりますか?」
「あ、どうも。悩み中です」
「失礼ですが、そちらは貴族様向けです。見たところ、違いますよね?」
どうやら付き人が居ないから、貴族では無いと判断されたらしい。
まあ、貴族では無いが、容姿だけなら貴族をも圧倒する乙女。
少し、失礼な店員だが、特に怒る事なく応答する乙女。
「お金はあるから悩み中なんですよ」
「そ、そうでしたか。失礼致しました」
「それよりさ?コレと同じの作れない?もう2、3枚買いたいんだけど」
お金は足りないが、生産依頼が出来るかを確認する。そして、乙女の問いに驚く店員さん。
「え!?こちらの商品をですか?その、失礼ですが、大変高いですよ?」
「うん。なんとかお金は貯めるから。どうしても欲しいの。駄目?」
「オーダーメイドは可能です。ほ、本当に買って下さるのですか?」
「うん。取り敢えず、この展示されてるのは買いたい」
私はそう言って、殆ど全財産を取り出して手渡す。
すると、震えながら受け取る店員さん。大急ぎで商品を持って、奥へと戻ってしまう。
正直、衝動買いみたいな物だ。
だが、後悔はしてない。見るからに柔らかそうで、申し分無いであろう気がする。
それ程時間の経たぬ内に、店員さんが出て来て、立派な箱を受け取る。
箱詰めされる程の、仰々しい物でも無い気がするが。
こうして、乙女は高級品を持ってから、借り部屋へと帰るのだった。