百十二話 約束
お肉の解体を終え、肉保存用の倉庫を、冷気で満たす仕事を終えた乙女は、今暇をしている。
現在客待ち状態である。
やる事がないので、今は筋肉の男性から仕事の説明を受けている。
基本的には、お肉を一定のサイズで受け渡し、値段も店内での定価が存在するので、それを伝えて売るだけである。単純である。
それから、肉の種類は魔物の肉もあったりと、複数種類がある。しかし逆に、鶏や牛は扱っていない。
乙女は特に、牛が好きとかの好みは無い。
だが、食べれないと知ると恋しくなる物だ。
ついでに魔物についても、細かく説明を受けた。
魔物と動物の違いは簡単である。魔力に関する器官があるかどうかである。
基本的には魔力がある魔物は、魔法が使える可能性がある。だからこそ、魔物は危険度が高い。
かと言って、その魔物の肉が食えない訳では無い。美味しい魔物も存在する。
だから、好む人も居て、この店でも扱っているのだ。
肉と言えば、魔物は基本肉食であり、出会ったら襲われる事が多いらしい。
なので、基本近寄らないのが鉄則である。
そして見かけたら、冒険者ギルドに報告すると良いらしい。
専門家が駆除してくれるとの事だ。
ちなみに、肉屋の店主さんは非戦闘員らしい。
男性の見た目的に、殴って狼を倒せそうだが。
逆に乙女は、初めて使った魔法で、Dランクの魔物を倒せているので、男性より強いと言う事になる。
人は見かけによらないのかもしれない。
乙女は人では無いが。
それはさておき、魔物は専用の器官が無いと魔法が使えない。だが、人間はその様な器官は無い。
なのに何故、魔法が使えるのか。
それは謎に包まれており、研究されているのだが、一説によると、神からの授かり物だとか。
眉唾の話だが、解明されていない物は仕方が無い。
また、魔物の素材は高く売れる。
それと、魔物は魔力が関係しているのか、腐食しにくいのも特徴である。
つまり、何が言いたいかと言うと。
乙女は現在、後悔中である。
やってしまった。あの狼。ひょっとしたら魔物だったかも。回収しとけば良かった。
魔石だけでも高く売れるらしいから、よく調べるべきだった。
一文無しだし、安くてもお金が手に入るなら、デメリットなんて無いし。
はぁ、私って失敗しか、して無い気がする。
‥‥‥まあ、重くて持てないだろうから、どちらにせよ意味無かったかもだけど。
なんとか、失敗を自分の中で軽傷に変換する乙女。
仕方が無いと言える。
そもそも元の世界とは違うのだから。
しかし、人は得てして、失敗ばかりを考えてしまうのだ。
その例に、漏れる事は無い乙女である。
働き始めたのが昼で、現在は夕方になる。
随分と早く仕事は終わるが、代わりに朝が早い。
大きな解体を済ませておくために、朝一から仕事なのだ。
それに、そもそも乙女はまだ初日である。
男性の気遣いと、客が来ないのも相まって、店を閉めるらしい。
乙女は男性の決定に、文句がある訳では無い為従う。
店を閉めてしまえば、男性が部屋についてや雑貨類、つまるところの、生活のルールを説明する。
与えられた部屋の広さは、大体七畳くらいだろうか。
余っていた部屋を、一部屋借りる事になる。
かつての乙女ならば、荷物やら家具やらが一杯あったが、現在は何も持っていない。
ついでにお金も。
望んだ訳では無いが、ミニマリストである。
いや、それだと言葉が悪いかもしれない。とても部屋が綺麗である。
説明も終わり、殺風景な部屋に寝転がる乙女。
「初めて」の連続で疲れたのだろう。溜息を吐いている。それと共に愚痴も。
「はあ。色々と慣れるのに時間がかかりそうだなあ。女神様からの指示の、世界を導くってどうすれば良いんだろう。具体的に教えて欲しいよね」
細かく聞かなかった乙女にも非がある。
女神様がちゃんと説明するかは別だが。
「スースーするし。ミニスカートが好きだったけど、流石に穿けないよね。退屈だな。2人話すだけでも楽しかったんだよね」
暇になれば、楽しかった思い出がぶり返す。
それと共に大きな失敗も。
涙を流し始める乙女。
過去を一生忘れる事は無いだろう。そして、乙女は強く宣言する。
「強くなる。強くなって、一生守ってみせる。今度こそ、絶対。私はその為だけに生きる。魔物がいる世界で、あの子が苦労しない様に」
乙女は誓う。次こそは約束を果たす為。
その、命に。
深い記憶の底。
辺りは暗く、何も無い。文字通り何も。
しかし、そこに響き渡る声。
その声は記録。2人の声が響く。
『ねえ?あの人たちはどうするの?』
《敵です。滅ぼします》
『え、でも』
《嫌ですか?》
『うん』
《優しいですね。わかりました。では奴だけにしておきます》
『話し合いで解決出来ないの?』
《無理です。奴は母を奪い、私を殺そうとしました。結果、父は死に、貴女がいなければ、私は死んでいました》
『そっか。仕方ないんだね』
《ええ》
2人の会話は中断する。
片時が経っただろうか。再度会話が始まる。
『強いね』
《ええ、久しぶりの体ですが、よく動きます》
『うん。アイちゃん私より強いね』
《色々勉強しましたから》
『この戦い、終わったら私にも教えてよ。私も強くなりたい』
《え、ええ。そうですね。終わったら必ず》
歯切れの悪い返答。その返事を聞いたもう片方は、少し不審感を得る。そう、まるで最初から、守る気の無い答え。
疑問を感じたが、論点が別の事に移る。
『ケリがつかないね。どうするの?』
《大丈夫。倒す方法がありますから》
『へー?どんな?』
《‥‥‥クロ。愛しています》
『え!?その、急にどうしたの?』
《貴女は目が覚めたら、何かを忘れているでしょう。ですが、気にせず前を向いて生きて下さいね》
『どう言う事?まさか?』
《約束です。誰にも負けない。どんな事があっても諦めない。私との約束です》
『何を言ってるの?』
《さようなら》
2人の会話は途切れてしまう。唯1人。少女の絶叫が響く。嘆き、喚き、絶望に苛まれる、少女の泣き声。
記録は暗く、沈むのだった。
人間の魔力核は心臓にあります。
そして人間は死ぬと、魔力核は血に溶けます。
だからどれだけ研究しても、発見出来ません。
回収の方法は、無くは無いですけれどね。