百七話 歪み
朝。
目が覚めて、体を起こすと誰も居ない。どうやら、メイドさんは早起きしている様だ。
眠気に抗っていると、ノックの後に声が聞こえる。
「失礼します。起きていますか?」
言いながら、リスタさんが入って来る。
私はそれに答える。
「うん」
「おはようございます!お嬢様」
「おはよう。リスタさん」
私が、さんを付けて呼べば驚くリスタさん。
「さんは、付けなくて良いですよ。私は平民ですから」
「関係無い。私が付けたいから、さん付けしてる」
「で、ですが」
「嫌ならやめる」
私はそう言って見つめる。
私は気付いた。見つめれば相手は諦めて、聞いてくれる。
つまり、絶対に言い合いで勝てる方法である。
そして、ほら予想通り。
「わかりました。お嬢様が、そう言うならば」
「うん」
「それよりも、お嬢様。朝食のお時間です。メイド長にお呼びする様、指示されてます」
「わかった」
呼ばれて朝食を取ってから、早速仕事に取り掛かる。
エルードさんに教えて貰いながら、仕事をこなしていると、話し掛けられる。
「イヴ様は、随分と要領が良いですね。中々教え甲斐が有ります」
「そうかな?」
「ええ。あ、そこ、計算が違います」
注意される私。褒められたと思って、つい油断すると駄目らしい。
勉強は得意ってわけでは無い。あまり好きじゃ無い。だけどなんとなく、調べる事は得意らしい。
そんな事を考えていると、エルードさんが話し掛けてくる。
「無学かと思っておりましたが、何処かで教育を受けましたか?」
「いや?初めてだよ。ただなんとなく、理解が出来る」
そう、本当に初めて勉強する事ばかり。だが、何が正しいか、何が正しく無いかが、なんとなく分かる。
直感の様な、何か、に任せて選別して行く。
そして学習すれば、昔の記憶の様に、頭の中にスッと入っていく。
そして、私が理解したのと同時に、エルードさんが私に告げる。
「政務系に関しては、理解が早いですね。逆に軍務等は知識が、あまり無い様ですね」
「うん」
「とは言え、勉強すれば出来ているので、問題無いでしょうな」
かなりの高評価を受けた。多分。
エルードさんは笑ってるし。
うん。褒められて少し嬉しい。
少女が、仕事をある程度捌くと、メイドさんが来客を知らせる。
「お嬢様。お仕事中で申し訳ありません。竜巫女様がお越しです」
「わかった。今から行くよ」
私がそう言えば、黙って頷くエルードさん。どうやら、サボり扱いでは無さそうだ。
そして何故か、難しい表情を浮かべるオルトワさん。
何かと思うと、言葉を告げる。
「いえ、その。もう来てます」
メイドさんの言葉が早いか、金の巫女が部屋に入って来る。
「遊びに来ましたわ!」
そう言い放つラーナちゃん。相変わらず、可愛らしい。そして姿勢を正して、挨拶をしてくれる。
「ご機嫌麗しく、イヴ様。今日も大変美しいです」
「ありがとう。ラーナちゃんも可愛いよ」
「イヴ様に可愛いと褒められた!?いや、でもイヴ様が言う、それは皮肉かも。うぅ」
凄い表情の変化だね。喜び、驚き、嘆き?かな。
あ、でも、王女様に随分と、上から目線だったかも。
気にして無いだろうか?
2人の少女が、唸っていると、案内をかけるメイドさん。
「竜巫女様に、イヴ様。こちらで立ってお話をするのもなんですから、来客の間へと行きませんか?」
ハッと、気が付いた様な表情の2人。
そして同時に頷き、部屋を変える。
来客の間に入れば、お茶会の用意がされている。
少女2人は、テーブルを囲み、対面に座る。
そして、黙ってお茶を注いでくれるメイドさん。
準備は整い、適当な世間話から、会話を始める。
お年頃の少女2人が、話す事と言えば、おしゃれである。
ドレスがどうとか、あなたには何色が似合うとか。
お互いに華やかなドレスを、イメージの中で着させたりと、会話を楽しんでいる。
しかし、楽しい話ばかりでは無い。金の巫女には一切悪気は無い。
だが、仕事の話へと話題が変わる。
すると、最初は巫女のお仕事の内容を聞くだけだった。
しかし、唐突に気になったのか、金の巫女は陛下から頼まれた仕事を、聞いてきた。
「イヴ様!私、陛下からの依頼が気になりますわ」
「依頼?なにそれ?」
「3週間ほど前の事です。記憶にございませんか?」
「えーと?」
「城内の兵士達の間で話題になっていますよ?何もしていないのに、敵軍が壊滅したって。黒龍様の加護だって言う、噂で持ちきりでしたね」
「そ、そうだっけ?」
私がそう言えば、顎に手を当て、目を細める金の巫女。
少しの間、沈黙していたが、それは金の巫女の声で破られる。
「‥‥‥黒龍様について、知っている事は有りますか?」
「え!?その、国の、守り神様的な?感じかな」
私は答えながら、内心焦る。3週間前の記憶は無い。
そして、先程の質問の意図も分からない。
この国では、黒龍は周知の知識として、とても偉大な存在である。
昨日少しだけ、勉強した。
公爵としての無学を、責められるのだろうか?一応、問題の無い答えだと思うけど。
私の言葉を聞いた竜巫女様は、思い詰めた様な表情で立ち上がる。そして
「本当に申し訳ありません。急な用事を思い出しました。本日は、大変楽しかったです」
そう言って、軽くお辞儀をして、慌てる様に帰ってしまう。
急激な竜巫女様の変化に、不安を覚えながら楽しい時間は終了するのだった。